大田高校のホームページに掲載された同校校歌
大田高校のホームページに掲載された同校校歌

 作曲者は知らないが、通った中学の校歌は格調高さと速さ、変化のあるいい曲だった。西洋音楽風に最初の小節より1拍早い弱起で始まり、細かい音符を刻み盛り上がった後、すっきり終わる。入学式で初めて聴いた高校の校歌は変化に乏しく、落胆した。中学が恋しくなったが、学校生活に慣れ単純でも良くなった。今も母校の野球の試合や同窓会で曲が流れると懐かしい.

 校歌が盛んに作られるようになったのは1900年以降で、歌詞の内容は、戦前が武事を重んじる尚武や貞淑、戦後は郷土愛、母校愛、友情など。音楽史に名を刻む巨匠の作もある。

 島根県内だと大田高の山田耕筰。童謡『赤とんぼ』『この道』などでも知られる。一流人材を育てるには校歌も一流をと学校が依頼した。作曲料を払えず頓挫しかかり、山田の厚意で完成した。浜田、浜田商両高は歌劇『夕鶴』で有名な團伊玖磨が作った。

 大田高は作詞も日本を代表する詩人・土井晩翠に依頼した。晩翠は大田の様子を知らず、訪ねる余裕もなく、学校が送った大量の資料を基に書いたそうだ。

 とはいえ、作り手の有名無名で校歌の価値が決まるものではない。あまり知られぬ作り手でも、子どもと同じ地域の空気を吸い、景色を眺め、成長を願った土着の校歌もまたよし。これから入学式の季節。新しい校歌を気に入るといいが。後で懐かしくなれる、良き学校生活を送ってほしい。(板)