青森市街から眺めた八甲田山=2022年3月
青森市街から眺めた八甲田山=2022年3月

 劇場で見たかった過去の名作映画がある。そのニーズを満たしてくれるのが、旧作を2週間ごとに上映する企画「午前十時の映画祭」。15年前に始まり、今年は出雲市のT・ジョイ出雲など全国66館で開かれている。

 5月後半の作品は、旧陸軍の雪中行軍演習の悲劇を描いた『八甲田山』(1977年公開)だった。1902年1月下旬、日露戦争に備えた青森歩兵第五連隊210人が青森市の八甲田山を行軍中に遭難し、199人が死亡した史実を基にする。随分前にテレビで鑑賞し、理不尽な顛末(てんまつ)に気持ちの整理がつかないままでいた。

 今回、映画館に足を運んだのは、青森出張の際に雪中行軍遭難資料館と隣接する陸軍墓地を訪ねたばかりだったこともある。展示で分かる第五連隊の迷走、兵士の軽装備、階級ごとに墓石の大きさが異なる犠牲者一人一人の墓碑…。

 行軍出発2日前の1月21日は東北地方で「山の神の日」と呼ばれる旧暦12月12日。当時の新聞記事によると「古来幾百年間大暴(おおあれ)の絶(た)いしたことなく」入山を避ける時期だった。土地の掟(おきて)に背いたのは、日清戦争に勝利した近代軍隊のおごりか。悪天候が見込まれた中、行軍を強行した判断は無謀の一言に尽きる。

 映画は脚色されてもいるが、体感温度が零下20度にも及ぶ真冬の八甲田山での過酷な撮影が生んだ迫真性が、自然を前に慎みを忘れてはならないことを改めて思い知らせてくれた。(衣)