出雲市から松江市への通勤途中、「斐川三山」の仏経山(神名火山)、高瀬山、大黒山を仰ぐ交差点で、「ありがとうございます」とあいさつするのが日課。山が土地や人々を見守っていると考えているからだ。
この意識は、人は死ねば子孫の供養や祭りを受けて祖霊となり、山から家の繁栄を見守るという日本人の死生観によるようだ。民俗学者の柳田国男(1875~1962年)は終戦間際、こうした死生観や祖霊信仰を『先祖の話』にまとめた。
戦争による膨大な死者を前に、特に若者の魂はどうなるのか、誰によって祭られ、家はどうなるのか、どうなるのが亡くなった人たちの心の願いであるか、と思い悩む国民の救済と自分への問いを明らかにするため2カ月で書き上げた。
本書によれば、日本人は古来、死んだ人の魂は遠くへ行かず山中に登って盆や正月、彼岸に家族のいる家へ戻り、あの世とこの世は頻繁に行き来できるなどと信じていた。それらを実証するため、多くの民俗的な根拠を列挙。日本人の死生観を、戦争のショックを乗り越える力にしようとしたのだろう。
社会から伝統が失われていくことに危機感を覚え、民話や風習を記録した柳田が生誕し、7月31日で150年。本書にある死生観や信仰は残っているのか。大事にしてきた山は荒れ、人の意識も移ろった。戦後80年の今夏、生かされている自分を再認識するため読み返す。(衣)