「木綿のハンカチーフ」「スニーカーぶる~す」「卒業」「硝子の少年」―。無数のヒット曲で日本のポップス界を彩ってきた松本隆さんが、ドラマーとして参加した日本語ロックの草分けバンド「はっぴいえんど」で本格的に作詞活動を始めてから55年がたった。

 広く聴かれ、後世に残る音楽を追い求めてきた松本さんは、その卓越した語彙力を駆使して情景や心模様をつづった詞で「自分が生きているということを表現してきた」と語る。(共同通信=団奏帆)

 ▽絵描きに憧れ、詩に親しんだ

 ―もし松本さんが作詞家になっていなかったら、ドラマーにもなっていなかったら、どんな職業を選んでいたと思いますか。

 「子どもの頃は、絵描きになりたかったんだ。名画を表紙にあしらった子ども向けの文学集や画集を父が買ってきてくれてね、それを眺め...