この夏、日本列島は記録的な大雨に見舞われ、各地で河川の氾濫や浸水、土砂災害が相次いだ。前線停滞による8月の大雨では、総務省消防庁の8月下旬までの集計で、19府県という広範囲で約8千棟の住宅に浸水などの被害が出た。

 温暖化の影響で、激しい雨はさらに増えていく。毎年9月1日の「防災の日」は、1923年の関東大震災がきっかけだっただけに、地震を想定した避難訓練が多い。だが、ほぼ毎年起きる水害や土砂災害への備えも進めなければならない。

 静岡県熱海市で7月発生した土石流は20人以上の命を奪った。建設残土による盛り土の斜面が長雨で不安定化し、崩れたとみられている。

 近年、残土の崩壊で災害に至る事例が増えてきた。残土は再利用可能という理由で、投棄を規制する法がない。水の排出工事をしていないなどずさんな処理も多い。災害が起きて初めて欠陥が露呈する。国は立法化も含め対策を主導すべきだ。

 熱海市の土石流は、市が事前に避難指示を出さなかった対応の是非が問われた。現地はやや強い雨が長く続いており、激しい雨の時のような切迫感を持てなかったことも一因だろう。

 その経緯を検証するのは大切だが、避難指示なしに災害が起きてしまうことはある。行政に全面的に依存するのではなく、ハザードマップや最新の気象情報を踏まえて、主体的に判断する姿勢を持つようにしたい。

 川の水位など、逃げるタイミングの「スイッチ」をあらかじめ決めておく。そんな備えに取り組む地域も出てきている。抽象的な情報ではなく、身近で体感できる分かりやすさが積極的な避難に結びつく。

 それには地域の災害リスクを普段から学んでおく必要がある。

 災害の知識や技能を持つ民間資格の「防災士」が全国で最も多いのは松山市だ。認証機関の「日本防災士機構」によると、7月末現在の登録者は6770人と群を抜く。市が受講費などを全額公費負担し、防災士を積極的に増やしてきた。

 3年前の西日本豪雨で被災した松山市高浜地区では、防災士の資格を持った地域のリーダーらが事前に集落を点検して回った。災害の恐れがあると判断し、避難を勧告するよう住民の側から市に要請し、人的被害は出さなかった。市がまいた種が確実に育っていた。

 地域のことをよく知る住民が、災害リスクも理解する。一人でも多く、助けられる側から助ける側に回る人を増やす。高齢者ら要援護者が増えていく時代に、見据えておきたい視点である。

 京都大防災研究所の矢守克也教授による「素振り」論が、最近注目を集めている。

 避難したけれど、結果的に災害が起きなかった場合、避難しなくてもよかったのではと受け取り、「空振り」と呼ぶ風潮が社会にある。これに対し、矢守教授は「素振り」と呼ぼうと提唱する。無駄ではなく、よい練習の機会だったととらえようというのである。

 2011年の東日本大震災の津波で被災した岩手県釜石市の中学生が伝えたメッセージ「100回逃げて 100回来なくても 101回目も必ず逃げて」に通じる考えだ。防災に熱心な地域は、避難訓練や小さな異変にも真剣に向き合っている。