第八章・寛永の危機(38)

 

 寛永九年(一六三二)一月二十四日、秀忠が西の丸で薨(こう)じた。行年五十四。慶長十年(一六〇五)から元和九年(一六二三)まで将軍をつとめ、退位後も大御所として家...