走行中の京王線特急電車内で刃物を持った男が無差別に乗客を襲い、ライター用のオイルをまいて火を付けた。70代男性が刺され、意識不明の重体。男女16人が煙を吸うなどし、けがをした。突然の凶行に車内はパニック状態となり、電車は最寄り駅で緊急停止したが、すぐにドアが開かなかったため、乗客らは次々と窓から外に逃れた。
停車位置の手前で止まり、乗務員は乗客が線路に転落する恐れがあると判断し、ドアを開けなかった。国土交通省は、複数の非常通報装置が使用された場合には詳しい状況が不明でも緊急事態と認識し、停車位置がずれていてもドアを開け、救出優先を基本とするよう鉄道各社に指示した。
逃げ場のない鉄道の車内で乗客が凶行にさらされる事件は後を絶たない。東海道新幹線では2015年6月に放火で1人が亡くなり、26人が負傷。18年6月にも3人がなたで切りつけられ死傷した。今年8月には小田急線で10人が刃物で襲われるなどして負傷した。各社は警備巡回の強化や防犯カメラの設置、対応訓練などを進めてきた。
不特定多数の人が利用する鉄道で、事件発生のリスクを完全に取り除くのは難しい。しかし、人を滞留させ、すぐに乗れるという利便性を損なうとして実施に消極論の多い手荷物検査も含め、安全確保に向けて検討を尽くすことが求められる。
17人刺傷の殺人未遂容疑で逮捕された男は「仕事で失敗し、友人関係もうまくいかなかった。6月ぐらいから人を殺して死刑になりたかった」と供述。7月ごろに地元の福岡市を離れ、借金を重ねて神戸市や名古屋市のホテルを転々とし、事件前は東京都八王子市のホテルに滞在していた。
「電車に人が多くいると思いハロウィーンの日を狙った」とし、小田急線の事件ではまかれたサラダ油に火が付かなかったことから、可燃性の高いライターオイルを用意したなどと話している。
10両編成の特急が東京都調布市を走行中、事件は起きた。先頭から8両目で男性が刺され、6両目で火が放たれた。車内にある複数の非常通報装置のボタンが押され、乗務員に「刃物を持った人がいる」と直接伝えた乗客もいたが、何が起きたのか、乗務員が把握するのは困難だったろう。
防犯カメラは車内の様子をリアルタイムでつかむのに有効だが、この車両にはなかった。痴漢抑止などを目的に鉄道各社は導入を進めているものの、設置状況にはばらつきがある。非常時の避難誘導にも影響しよう。増設を急ぐ必要がある。
では凶器などの持ち込みはどう防ぐか。東京五輪・パラリンピックを前に国交省は6月、改正省令を公布、各社による手荷物検査が可能になった。検査に応じなければ、客は乗車できない。とはいえ恒常的に検査を行う社はない。危険物の持ち込みを防げる可能性は高いが、金属探知機などの機材や訓練を受けた犬を用意するのに手間がかかる。さらに検査により改札付近が順番待ちの客であふれ、利便性が阻害されかねないからだ。
現実的ではないとの声が根強い。ただ限られたスペースで複数の人を検査できる金属探知機などの開発も進んでいるとされ、国は助成により新たなシステムの実現を後押しするなど、利便性と安全性の両立を追求していかなければならない。