週末、土地を借りて自然栽培している青大豆を収穫した。干して脱穀し、大寒の頃に仲間とみそをつくるのがここ数年の恒例だ。初夏に小さな豆を土におろすと双葉が出て、花をつけ実を成す。生命が育つ喜びと不思議を目の当たりにしていただく毎朝のみそ汁は、染み入るおいしさがある▼作家の故石牟礼道子さんは東京へ出た時「野菜のおいしくなさに衝撃を受ける」と随筆『食べごしらえおままごと』に記す。「ねっとりもほくほくもせぬ里芋、色と形はあるが、うま味も香りもまるでない人参(にんじん)。大地の滋味などどこかへいってしまった大根や蕪(かぶ)」▼分かる、とうなずけるのは、本来の味を知る幸せな人と言えるだろう。出来合いの弁当の煮物を恐る恐る口に運びながら、うそ寒いような、ただごとではないような思いに浸された、という石牟礼さんの懸念は、子どもたちの心身に向けられた▼おいしいという舌の感度が違う世代の分断は、随筆が書かれた1994年当時からさらに進んだのかもしれない。安価で健康によくない食品の流通は止まらないが、石牟礼さんが思い出さずにいられないという大地の滋味が、地方には残っているはずだ▼島根県で今夏、給食に有機栽培の野菜や無添加の食材を取り入れる「コドモミライshimane」プロジェクトが始まった。実現には壁がありそうだが、本来の味を届けられるのは大人しかいない。(衣)