もの悲しさを覚える秋。夏目漱石は『三四郎』で、主人公が思いを寄せる女性が風に包まれてたたずむ様子を「秋の中に立つ」と表現した。『山椒大夫』で森鴎外は、子どもと生き別れとなる母親が美しい紅葉を指す場面を描いた。いずれもその後の展開を「秋」が暗示するようなシーンだ▼今年の秋は、あっという間に過ぎた気がする。立秋は8月7日。東京五輪で野球の「侍ジャパン」が金メダルに輝いた日に、暦の上で秋が始まった。9月以降も夏日が続き、10月に入っても半袖で過ごした。暑さに負け、秋の夜長を堪能することも忘れていた▼それでも里山の秋は存在を示した。島根県奥出雲町では、櫻井家住宅周辺のイロハモミジが真っ赤に色づいた。金言寺では2年ぶりに庫裏の前の田に水が張られ、巨木のイチョウが水面に映し出された▼櫻井家のイロハモミジは、5代当主・利吉の妻が京都から嫁ぐ際、さみしくないように、と古里から移したと伝わる。金言寺のイチョウは、囲碁で負けた住職が碁盤を置いた場所から芽が出たとの言い伝えがある。あでやかさの裏にはそれぞれの物語が残る▼天敵のサソリが姿を消した夜空には、三つの星が並ぶオリオン座が輝く。今年は「ラニーニャ現象」が発生したとみられ、平年より気温が低くなる可能性が高まる。早めに冬用タイヤに交換し、秋とは違う冬のストーリーを探しに出掛けたい。(目)