東京勤務だった十数年前は、週末になると近くのスーパーで時々、ボラの刺し身を買っていた。子どもの頃に、宍道湖で釣ったボラを味噌(みそ)汁にしたことはあるが、刺し身は、食べるのは無論、見たのも初めて。最初は泥臭そうなイメージがあったものの、物珍しさの方が勝った▼「寒鰤(ぶり)、寒鯔(ぼら)、寒鰈(がれい)」というから冬場だったと思う。取れた場所までは覚えていないが、臭みは気にならなかった。魚種が豊富な山陰では、スーパーなどでほとんど見かけない。食文化の違いなのだろう▼ボラは、魚に上・中・下の格付けがあった江戸時代は、下魚(げざかな)とされたマグロやブリよりも1ランク上だった。しかし、冷蔵や冷凍技術が発達したことや、脂の乗った身が好まれるようになると、地位が低下。卵巣が珍味のカラスミなどに利用される以外は、食卓に上がることはなくなった▼ブリやスズキと同様、ボラは成長するに連れて呼び名が「オボコ→イナ→ボラ→トド」などと変わる出世魚。江戸近郊で容易に取れたからなのか、ボラに由来する言葉も多い。粋で勇み肌の者を指す「いなせ(鯔背)」はイナの背に似た若者の髪形から。「とどのつまり」も成長したボラの終着点「トド」からとの説もある▼ボラの扱いのように、食文化は時流に左右される。ただ、この時季の楽しみとして近くのスーパーで刺し身を買うフナには、ボラの二の舞いになってほしくない。(己)