韓国が一方的に海洋主権を主張した李承晩ラインの宣言から18日で70年となった。韓国側は公海上で操業する日本漁船を取り締まり、1965年の日韓漁業協定で李ラインが消滅するまでに327隻を拿捕(だほ)し、乗組員3911人が抑留された。拿捕の際に受けた銃撃などで8人が死亡している。被害を風化させまいと70周年を機に特集紙面を組んだ。これまでに複数の船員から証言を得たが、韓国側に憎悪の念を抱く人は少なかった。

 李ラインを巡り、拿捕の現場となった済州島や対馬周辺は主に九州の漁船が被害を受けたが、山陰両県からも約20隻が韓国側に連行された。証言を得るための人探しは、拿捕の一報を伝える本紙記事から拘束された人の名前と住まいを抽出することから始めた。

 船長や機関長といった立場の乗組員は拿捕当時に30代以上でかなり以前に他界していた。健在の人も「体調が悪い」「施設に入っていて話ができない」と取材を断られるケースが多かった。

 証言を得たのは当時...