24年前、貧乏旅行で訪れたエジプト・カイロの雑踏で、「ヤバニー(日本人か)?」と呼び止められた。ビジネスマン風で身なりがきちんとした30代くらいの男性で「日本人なら『おしん』を知っているだろう」と問い掛けた▼エジプトのテレビ放送で見て感動したといい、「どうしても『おしん』のビデオが欲しい。日本に帰ったら送ってほしい」と懇願してきた。ノートに住所と名前、電話番号まで書かれたが、全297話もあり、約束は果たせなかった▼NHK連続テレビ小説「おしん」は、中東や東南アジアといった発展途上国でも絶大な支持を得た。小作農の家に生まれたおしんは、7歳で問屋に子守奉公へ出される。最低限の待遇で過酷な日々を送るが、長岡輝子さん演じる大奥様はおしんの向学心を認めて、同年代の令嬢と平等に教育を受けさせる。「捨てる神あれば拾う神あり」。数多(あまた)の名シーンで、大奥様の懐の深さに最も感銘を受けた▼小作人が豊かになれず、家族が口減らしに出されるという散々な社会構造が数世代前まで当たり前だった。4日に亡くなった脚本家の橋田寿賀子さんが歴史の闇を多くの国民が見る朝ドラで描いた功績は大きい▼途上国での強い共感は貧困が最近だったり、現在進行形だったりするからだろう。橋田さんが「おしん」を通じて教えてくれた「頑張れば成功できる」という希望が世界共通になればいい。(釜)