山陰と温泉のつながりは古い。733年に編さんされた『出雲国風土記』に玉造温泉(松江市玉湯町)の記述があり、「老若男女が行き交い、市場があるような賑(にぎ)わいだ」と表現された。江戸時代は殿様から庶民まで幅広い層を受け入れる湯治場として親しまれた。現在も山陰各地に温泉施設があり、入浴を生活の一部に組み込む人も少なくないはずだ▼「まん延防止等重点措置」により、島根県内の公共入浴施設が一時休業になったのには困った。厳冬期と重なり、体の芯まで温まりたい渇望にさいなまれた▼大浴場での入浴自体は感染リスクが低いとされる。一方、顔見知りとの遭遇率が町中と比べ格段に高い。不思議にも久しく姿を見ない人に再会する機会が多い▼自(おの)ずと湯上がりにマスクのないまま会話は弾むが、これが危ない。他県ではクラスター(感染者集団)が発生した事例もある。社交場としての温泉文化は古くから根付くが、今は〝黙浴〟に徹し、仲良しがいても目配せする程度にとどめたい▼さらに深刻なのが公共入浴施設の存廃問題だ。松江市は巨額の改修費用を理由に日帰り施設「玉造温泉ゆ~ゆ」の廃止を検討中。他の自治体も老朽化や人口減で運営が厳しく、年間パス廃止や値上げでしのぐが、コロナ禍による利用者減と燃料費の高騰が追い打ちを掛ける。議論は収支だけでなく、住民への福利や癒やしを与える視点も欲しい。(釜)