寺本英仁氏
寺本英仁氏

 私の住む邑南町は、「食と農」を基盤に「A級グルメのまち」として、有名になった。

 この「A級グルメのまち」の最大の特色は、農産物を最大限に活用するために、料理人の研修制度「耕すシェフ」を設計したことだ。

 地方創生の多くの事例を見てみると、「食」をテーマに町おこしを行っている自治体は多い。その取り組みを深掘りしていくと、自らの地域資源を販路拡大と銘打って、都市部に資源を流出しているケースが非常に多い。

 しかし、外貨獲得を狙って、地域資源を都市部に売り込んでも、単独自治体での生産量では、都市部の胃袋を満たすだけの供給ができなかったり、都会志向に合わせて商品パッケージのデザインや広告を都市部の事業者に委託する部分が多くなったりして、外貨獲得どころか地域資源とともに、逆に都市部へお金が流出してしまっていることが多いことに気づかされる。その果てには、地方に残された人間は口をそろえて「自分の町には何もない」と嘆いてしまう。

 その点、「耕すシェフ」の研修制度は、都市部から若者を料理人の研修生として受け入れ、卒業後は町内で開業し、町の農産物を活用し自らの店で提供するという究極の地域循環型経済を狙っている。

 近隣の市町では、どんどん飲食店が減っていくなかで、本町では、取り組みを開始してから10年間で23店舗の飲食店が開業したことが大きな成果と言える。

 この先駆けとなったのが、イタリアンレストランAJIKURAの存在だ。

 酒蔵を改装した和モダンな雰囲気で、一流のシェフやソムリエが町の食材をふんだんに活用した美味(おい)しいイタリアンを観光客に振る舞う。オープン当初からランチの金額は、3千円から1万円のコース料理を提供し、「銀座のランチよりも高い」と話題となった。

 「耕すシェフ」の研修生は、このAJIKURAを中心に料理の研修をするわけだが、研修事業開始当初は、卒業してもレストランを起業できる人材も少なく、最初から成功したわけではない。

 その都度、課題に直面し、解決策を生み出し、研修制度に改良を加えてきた。

 具体的には、2014年度には、邑南町ならではの郷土料理や食文化なども含め、料理人として幅を広げるための学びの場として町立の「食の学校」を設立し、研修生と町民が「食」を通じて交流できるプラットホームを作った。

 また、地元の金融機関とも連携し「起業塾」も開催し、卒業後の起業に向け、単に料理だけ教えるのではなく、「経営」の観点からの研修も加えた。

 他にも数々の取り組みを複合的に行いながら、「A級グルメ」という町のブランドを構築したのである。

 そして、AJIKURAは、フランスのレストランガイドとしては、ミシュランと双璧である20年度のゴ・エ・ミヨで2トックを獲得した。

 取り組みを始めて10年が経過した現在A級グルメ構想のコンセプトである「美味しいものは地方にあって、それを知っているのは地方の人間である」に少しだけ近づけたのではないかと考えている。

 

 てらもと・えいじ 島根県邑南町の「A級グルメ」の仕掛け人。イタリアンレストラン、食の学校、耕すシェフの研修制度などを手掛ける。NHK『プロフェッショナル仕事の流儀』でスーパー公務員として紹介。著書に『ビレッジプライド「0円起業」の町をつくった公務員の物語』など。