年齢を重ねるほど記憶力に自信がなくなるのは人間の特性だ。それでも遠い過去に思いを巡らせると、不思議と人に怒られたことや恥をかいた経験といった、忘れてしまいたい思い出ばかりが浮かぶ▼単なる個人のマイナス思考ではない。多くの人に見られる傾向で心理学の分野では「ネガティビティ バイアス」と呼ばれる。脳は楽しい思い出よりも苦い思い出を鮮明に記憶する。次に失敗を繰り返さないため、進化の過程で身につけたと考えられている▼卒業式の季節を迎えた。誰もが何度か経験しているはずだが、友人とどんな話をしたか、担任や校長からどんな言葉を掛けられたか、記憶はあるだろうか。楽しい思い出だったのか、はっきりと覚えている人は少ないのではないか。自らを振り返ると、高校の卒業式が受験期と重なり、出席できない仲間の空いた椅子だけを鮮明に記憶している▼今年もコロナ禍で異例の卒業式となった。昨年より流行が拡大し、最後まで挙行できるのか、気をもむ学校も少なくなかった。感染したり濃厚接触者になったりして出席できなかった児童や生徒、学生がいたかもしれない。身近でも担任が列席できず、自宅から画面越しに教え子を見送るという事態が起きた▼普通の卒業式で巣立ちたかった人も多いだろう。それでも「コロナ禍でも卒業式をやった」という記憶は、長い年月を経ても消えることはない。(釜)