北朝鮮が高度6千キロ超とみられる新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射を強行した。トランプ前米大統領に金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記が表明した核実験とICBM試射の一時停止(モラトリアム)措置を覆すものだ。

 今、北朝鮮に必要なのは時計の針を元に戻すことではないはずだ。さらなる国際社会からの制裁強化を招くことになる。自らの首を絞める行為にほかならない。

 高度6千キロ級の発射は、2017年11月に「国家核戦力の完成」を宣言した「火星15」が高度4千キロ超を記録して以来の高度で、飛行時間も71分と「火星15」の53分を大きく上回った。

 日米韓の防衛当局は、通常軌道で発射した場合、米ワシントンやニューヨークが射程に入る約1万5千キロに達するとみられる新型ICBM「火星17」が発射されたと判断している。

 「火星17」は2年前の軍事パレードで初めて登場した大型ICBMで、弾頭も迎撃が難しくなるようにおとりを含む複数の弾頭の搭載が可能とされている。

 今回発射されたICBMが多弾頭の試験を兼ねていたかどうかは不明だが、射程だけでも米本土を狙えるもので、脅威の度合いは一層上がった。

 今回の発射には、ロシアによるウクライナ侵攻に忙殺されている米バイデン政権を揺さぶる狙いもあろうが、核攻撃に対する絶対的な抑止力確保に主眼を置いているとみられる。

 核を放棄したウクライナがロシアに攻め込まれている実態を見ながら抑止力としての「核」は放棄できないと考えているだろう。

 しかし、決して使うことができない「核」に資産をつぎ込むより、外交的対話を通じ米朝の信頼関係を構築することが北朝鮮にとっては理にかなうはずだ。

 北朝鮮が望む国連安全保障理事会の制裁決議の撤回も、核実験とICBM発射のモラトリアムが継続されてこそ議論の可能性が出てくるのだ。今回のICBM発射で、米国はさらに対北朝鮮制裁を強化するように国際社会に働き掛けるのは明らかだ。

 北朝鮮の国内経済状況は悪化の一途をたどっている。韓国銀行の推計によると、20年の経済成長率は金正恩体制になって最も大きな落ち込み幅となる前年比マイナス4・5%を記録した。

 金総書記自身も昨年開いた党政治局の会議で、「食糧事情が厳しい」と認め、昨年末の党中央委員会総会では農業生産拡大の方針を打ち出している。

 だが、制裁が強化されれば、肥料や営農資材などの入手が困難となる。近年、奨励されているビニールハウスに使うシートなどの化学繊維系の材料は中国からの輸入に頼っているのが実情だ。このままでは化学繊維系素材も制裁対象となる可能性がある。自らを窮地に追い込んでどうするつもりなのか。

 日本海に向けた今回のミサイルは北海道・渡島半島から西約150キロの日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下した。これまでの発射で最も日本列島に近い。日本は北朝鮮に強く抗議したが当然だろう。北朝鮮に融和的だった韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領も「モラトリアムを破棄した発射を糾弾する」と非難した。日米韓が足並みをそろえメッセージを発することも重要だ。