幼少期から高校卒業までを過ごした出雲市の当時の中心地は、駅北の商店街群だった。中でも「出雲サンロードなかまち」は、太陽を模したとおぼしきオレンジ色のシンボルマークの看板がとてもまぶしかった▼土曜夜市で100円のソフトクリームを食べ、風船ヨーヨーを釣り上げた。通りの衣料品店では赤色の布地に青糸で「C」と刺しゅうされた広島東洋カープのキャップが欲しかったのに、不良の色だとばかりに、濃紺に白で「W」と縫われた大洋ホエールズ(現DeNAベイスターズ)のものしか買ってもらえなかった苦い記憶もある。楽しかった40年前の話▼たまに行く子どもの一人だったから「懐かしい」などと気楽なことが言えるが、それぞれの店にとっては、苦労の連続ではなかったか▼アーケードができたころは、北には当時の農協が運営する出雲生活センターがあり、南のJR出雲市駅前には一畑百貨店が構えていた。「前門の虎、後門の狼(おおかみ)」といった体で、出雲商工会議所の『出雲市商工発展誌』(1984年)によると、農協に対し有線を使ったPRをしないよう申し入れるなど、戦いの跡も見える▼郊外の大型店の発展で苦戦が続く街の商店街ながら、近年は魅力ある飲食店ができたり、日本酒をはじめ共同での商品開発も進んだりするなど努力が続く。皆が軒先に品物を出し、生活空間の雰囲気を一変させる強みが今もある。(万)