「天才棋士だよ。記事になるよ」。20年以上も前、日本将棋連盟出雲支部道場で取材を勧められた。目の前に盤をにらむ小学生のきょうだいがいた。その1人が、後に「出雲のイナズマ」と呼ばれる里見香奈女流四冠(30)=出雲市出身=だった▼27日に第48期棋王戦コナミグループ杯予選決勝で古森悠太五段(26)を破り、女性初の八大タイトル本戦入りを決めた。同時に男女問わず同じ土俵で戦う「棋士」の編入試験受験資格も女性で初めて得た。五冠返り咲きも目前にしている▼強さの源が、2000年11月に出雲市内で開かれた「将棋の日」のイベントにあった、と後で知った。高橋和女流二段(当時)からアドバイスを受け、高校卒業まで毎日詰め将棋を解いた。羽生善治五冠(同)らトップ棋士が集い、ほぼ素人の記者も身震いするほどのイベントだった。その中で彼女は未来を見据えていた。まだ小学3年生だった▼史上初の女流五冠、さらに六冠、史上最多の女流タイトル通算獲得…。栄冠のまばゆさについ目が行くが、陰で積み重ねてきた膨大な時間がある▼あの日道場で「将来の夢は」と尋ねた。見え見えの質問で困った顔をさせた。天才がしのぎを削る世界で見せ続けてくれる夢。多くを語らなくても道が彼女の後にできることは証明済みだ。「次は」という楽しみは胸で温めながら、今は古里の応援団として「ありがとう」と言いたい。(吉)