米子市出身で格闘技「K―1」の3階級王者、武尊選手(30)と「史上最高の天才」の異名を持つ那須川天心選手(23)との「世紀の一戦」に注目が集まっている。武尊選手は米子市で空手とキックボクシングを学び、今や格闘技界の大スターに上り詰めた。対戦を前に、当時通った空手の道場やジムの関係者に武尊選手との思い出を聞いた。(Sデジ編集部・吉野仁士)
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世紀の一戦は東京ドームで6月19日に行われる。武尊選手は積極的に攻撃していく激しいプレースタイルで、K―1選手の情報をまとめる「K―1 JAPAN GROUP」によると、プロで行った41試合中40試合で勝利し、そのうち24試合がKO勝ち。闘争本能むき出しで試合に挑む姿から「ナチュラル・ボーン・クラッシャー」の異名を持つほどだが、武尊選手を昔から知る関係者に聞くと、試合の印象とは異なる横顔が見えてきた。

▼女の子に蹴られて泣いていた?
「第一印象はぽちゃっとした、おとなしくて真面目そうな子」。そう語るのは武尊選手が小学2年の頃から空手を教える、正道会館四国本部米子支部(米子市両三柳)支部長の安井博美さん(62)。武尊選手に格闘技の基礎を教えた人物だ。

安井さんによると、武尊選手は道場に通い始めた当初、ミットを殴れても人は殴れない、とても優しい子だったという。安井さんは「最初の頃はよく同期の女の子に蹴られて半泣きになっていた」と笑う。道場の合宿で、門下生全員で浜辺を走った際には、年下の子が遅れているとその子の所まで戻り、励ましながら一緒に走るような子だったそうだ。
ただ、練習にはとても真面目に取り組んだ。攻撃は苦手とみた安井さんが、間合いの取り方や技の見切り方といった受けの技術を教えると、同期を圧倒するようになった。中学生になる頃には9人いた同期は部活動などで全員道場をやめたが、武尊選手だけは中学を卒業する頃になっても通い続けていたという。

安井さんは「受けの技術があるからこそ、相手からの反撃を恐れず積極的に攻められる。今の攻撃主体のスタイルの根本は、当時の教えを今でも忠実に守っているからだと思う。本当に律義な子だ」とほほ笑む。
▼武尊選手VS那須川選手、見立ては?
武尊選手は高校進学後に一度退学になったが、安井さんら関係者の説得で再び高校に通い出し、キックボクサーに転向した。上京しプロになってからも武尊選手は帰省の機会に道場を訪れて安井さんに戦い方の助言を求め、安井さんも武尊選手の戦術や精神面での相談にのる関係だという。

那須川選手との試合についても助言をしたが「内容は戦法が相手にばれるので秘密」とにやり。分析では、K―1選手は一日に3試合をこなすこともあるため、スタミナと打たれ強さで武尊選手に分があると推測。「互いに一撃がある選手だが、武尊はよほどまともに打撃を受けない限りはまず倒れない」と全幅の信頼を寄せる。
試合当日、安井さんは直接観戦に行く予定。「(武尊選手は)減量やトレーニングで追い込みをかけてきたと思う。まず自分自身に勝たないと相手には勝てない。悔いを残さないよう全力でぶつかってほしい」と激励した。

▼見た目とは裏腹に
武尊選手の人柄の良さ、実直さを評価する関係者は他にもいる。
「米子ジム」(米子市二本木)の富村誠司代表(46)と前田慎介さん(43)、前代表の森田剛さん(46)。3人が立ち上げたばかりだったキックボクシングのサークルに、当時高校生だった武尊選手が加わって以来、約15年来の仲間だ。

富村代表は「見た目はチャラチャラしていたが、週5回ある練習に必ず来る真面目な子だった」と振り返る。顔を拳で狙うことがない空手からキックボクシングの形式に移行させるため、互いに打ち合うスパーリングを毎日のようにさせたという。キックボクサーとしての実戦的な攻めの技術はここで培われたようだ。
▼お礼の文章や撮影対応…人柄分かるエピソード
富村代表の宝物は武尊選手が上京する直前、本人からもらった写真立て。裏の留め金を外すと、武尊選手の直筆メッセージが現れ「約三年間本当にお世話になりました!!」「ほとんど毎日ミットを持っていただいて、本当に富村さんのおかげで強くなれました!!」と感謝がつづられている。「もらった時は思わず感動した。武尊は今も大事な仲間だと思っている」と話す。


前田さんはテレビ番組の撮影で、武尊選手がジムに訪れた時のことを回想する。前田さんが都合で遅れてジムに着いた時には撮影が一通り終わり、ロケバスに乗り込む直前だったにもかかわらず、武尊選手は「ジムで写真撮りましょうよ」と後戻りして撮影してくれたという。「有名になってからもSNSでいまだにいいねやコメントをしてくれる。律義で裏表のない素直な性格」と評する。
森田さんは武尊選手のキックボクサーとしての強さにほれ込む。武尊選手が高校2年の頃、広島県で、現在プロの第一線で活躍する選手たちばかりが参加する61キロ級の大会があった。当時58キロだった武尊選手から森田さんに熱烈な出場希望があり、無理だと感じつつも出場させると、優勝候補の選手を含む4試合で全勝したという。「言ったことは必ず成し遂げる精神面の強さがある」と称賛する。

▼勝負は2ラウンド目以降
那須川選手との試合について、3人は「間違いなく武尊が勝つ」と断言する。
安井さんと同じくスタミナを評価し、武尊選手は多くの選手とは逆に、後半に行くほど調子が上がっていく傾向にあるという。富村代表は「2ラウンド目からどんどん上がっていくと思う。1ラウンド目を過ぎればもう勝ったようなもの」と勝利を疑わない。
「(武尊選手は)これまで『不利だ』と言われた試合で何度も勝利してきた。今回も最高のKOを見せてほしい」。苦楽をともにした仲間の一世一代の勝負で、勝利という手土産を心待ちにしている。

取材で聞いた武尊選手の人柄は律義で思いやりと人望があるーというものだった。試合時の攻撃的な印象が強かったが、他人を思いやる優しいファイター。戦闘スタイルは謙虚に人の言うことに耳を傾け、守りの技術を高めたからこそ生まれたものだった。
天才と称される那須川選手との試合だけに、一筋縄では行かないかもしれない。地元の米子には勝利を堅く信じ続ける仲間たちがいる。19日はぜひ、地元の期待に勝利の雄たけびで応えてほしい。