北海道・知床半島沖の観光船「KAZU 1(カズワン)」沈没事故から3カ月が過ぎた。14人が亡くなり、12人は今なお行方不明のままだ。第1管区海上保安本部は船体を引き揚げ、損傷などを確認。業務上過失致死容疑で運航会社「知床遊覧船」を家宅捜索し、出航の経緯を中心に桂田精一社長の聴取を重ねるなど捜査を進めている。
この間、国土交通省は桂田社長の聴聞などを経て「再び重大な事故を起こす蓋然(がいぜん)性が高い」として知床遊覧船の事業許可を取り消す行政処分を決定。有識者委員会で再発防止策を検討し、先に中間取りまとめを公表した。年内に最終報告をまとめ、海上運送法など関連法の改正作業を急ぐ。
中間取りまとめは安全確保に向け「安全管理体制の強化」や「監査・行政処分の強化」などを課題に挙げ、50項目近い対策の見直しを示した。「法令を順守しない悪質事業者は市場から退場させる」と強調している。しかし事故を巡っては、知床遊覧船による安全管理のずさんさとともに、国が行う検査や監査の甘さが浮き彫りになった。
いくつもの法令違反を見抜けず、取り返しのつかない結果を招いた責任は重い。背景として、船舶検査を担う人員の不足や事業者とのなれ合いが指摘され、数ある対策の実効性をどう担保するかが問われている。人材確保と意識改革を着実に進めていく必要がある。
桂田社長は事故後の記者会見で、風速が15メートルに達するとの予報が出ていた4月23日午前、行方不明になった船長と話し合い、海が荒れたら引き返すという条件付きで出航を決めたと説明した。午後には波の高さが3メートル以上になるとの波浪注意報も知っていたという。
知床遊覧船は国に届けた安全管理規程の運航基準で風速8メートル、波高1メートルに達すると予想される場合、出航を取りやめるとしていた。このため対策見直しにより抜き打ちで出航判断の実態をチェックし、オンライン方式を活用し頻度も増やす。
行政処分は法令違反を点数化し、その累計で事業の停止や許可取り消しを決める制度を導入。事業許可も原則5年の更新制とする。また寒冷地で海水に漬からず避難できるスライダーなどが付いた救命いかだの搭載を義務付け、携帯電話は通信設備として認めない。
ただ問題は、こうした方策を安全確保につなげられるかどうかだ。知床遊覧船は昨年5、6月に事故を起こした。国は特別監査と行政指導を実施し「安全と法令順守意識の向上を確認できた」と評価したが、事務所のアンテナが破損して無線を使えず、航路の大半でつながらない携帯電話を通信手段として届けて、カズワンを出航させた。
運航管理者として、航行中の船とこまめに連絡を取るはずの社長も事故発生時、事務所にいなかった。安全管理規程違反は17項目にも上った。
国交省によると、2021年度の時点で旅客船・貨物船事業者は全国に7千社以上。各地に配置された運航労務監理官180人が監査を担っている。人員不足は深刻で安全確保のほころびにつながっているとされる。今回の見直しで業務量の増大は避けられず、早急な手当てが必要だろう。
また旅客船事業者は中小・零細が多く、救命いかだなどの設備投資に二の足を踏まないよう行政の支援も欠かせない。