長崎市の平和公園で「長崎の鐘」を鳴らす子どもたち=2019年8月
長崎市の平和公園で「長崎の鐘」を鳴らす子どもたち=2019年8月

 先日の小欄で、国鉄時代の夜行列車の車内チャイムに使われた曲『ハイケンスのセレナーデ』を取り上げたところ、島根県内在住の88歳の男性から電話をいただいた▼「戦争中にラジオ放送で、前線の兵士に(娯楽を)送る番組があり、この曲が流れていたのでよく聴いていた」。軍歌調の勇ましい曲が鳴り響く中、優雅なメロディーだったので覚えているという▼1943年1月に始まり、漫談や落語などを放送していたNHKラジオ『前線におくる夕(ゆうべ)』のテーマ曲らしい。作曲者のジョニー・ハイケンス(1884~1945年)はナチスの忠実な支持者で、ドイツなど欧州各地で演奏活動をした。故郷のオランダに帰国後、連合軍に言動をとがめられて収監された後、獄中死した▼母国ではほとんど「忘れられた音楽家」の扱いだという。遠い極東の国で、旅情を誘う列車のチャイム音の形で曲が生かされるとは、思いもしなかっただろう▼わが国では、戦時中に国民を鼓舞するような作曲に関わった音楽家に対して、連合国の対応はおおむね寛容であったとされる。NHKの朝ドラ『エール』の主人公のモデルだった古関裕而さんも、もし連合国側が非寛容であったなら、あの人々の心を癒やした『長崎の鐘』のメロディーも、永井隆博士との出会いも生まれなかった。音楽などの芸術を利用しようとする人はいても、その作品に罪はないと信じる。(万)