広島で学生生活を過ごした1990年代に、今はなき市民球場に足しげく通った。阪神の代打で真弓明信選手が登場し、沸き上がる虎ファンを「もうすぐ引退でしょ」と冷ややかに見ていた▼それから15年後、マツダスタジアムで代打・前田智徳選手が告げられると興奮した。天才と称された強打者が打席に入るだけで盛り上がる。現役最晩年の寂しさを感じつつ全盛期を思い、ついでにわが人生も振り返ってしまった。スターは生きざまを見せるのも仕事のようだ▼注目の新旧王者対決があす開幕する。将棋の王将戦。長く棋界の頂点に君臨した羽生善治九段(52)が、五冠を保持し今や第一人者の藤井聡太王将(20)に挑む。タイトル戦の着手は重いが、とりわけ今回はずしっとくる▼肉体管理や練習法の改善で選手寿命が延びたスポーツと違い、将棋のような頭脳戦はベテランの分が悪い。経験という武器が迅速・大量化する情報と分析の発達に失われた格好。それでも夢の狭まりを日々感じる中高年にとって、羽生九段の活躍は励みになる▼デビュー時からどんな戦型でも強く、相手の得意戦法に乗った上で勝った。横綱相撲、美学と受け取れた。さて今回は。羽生九段は平成になってすぐ因習を断ち切るがごとく現れ、昭和の雰囲気を色濃く残す棋士を打ち負かした。泥くささとは無縁の存在にみえた。大一番を前に抱く感情に時の流れを実感する。(板)