今、松江で摺物(すりもの)が「アツい」。島根県立美術館で開催中の北斎展では、島根県津和野町出身の浮世絵研究者・永田生慈氏(1951~2018年)が県に寄贈した「県外不出」のコレクションを展示している▼多彩な作品のうち津和野藩に伝来した「津和野藩伝来摺物」は、コレクション全144点を展示替えしながら公開。豪華の一言に尽きる。また松江歴史館では、松江が生んだ創作版画の巨匠・平塚運一氏(1895~1997年)の青年から晩年期までの代表的な作品を紹介した「いざ摺(す)らん」が開かれている▼運一氏が102歳で亡くなった日の夜、編集局のフロアに残っていたところを指名され、追悼記事の取材班に加わった。「200歳までまだ時間がある」と話していたという故事に触れ、衰えぬ創作への情熱に魅了された▼故郷の松江、関東大震災後の東京、奈良や朝鮮半島の仏教遺跡、アメリカ合衆国の風景や大胆な構図の裸婦群など対象はさまざまだが、デッサンを欠かさず基本に忠実だった。今回の展示を記念して歴史館で講演した千葉市美術館の西山純子上席学芸員によると、同時代の創作版画家の中で運一氏はとりわけ浮世絵世代へのオマージュ(敬意の念)を抱いていたという▼県立美術館から、運一氏もたびたび題材にした宍道湖を見ながら歴史館へと摺物の歴史をたどる。これほどぜいたくな町歩きは全国にそうはない。(万)