日野町事件の再審開始が認められ、報道陣に囲まれる阪原弘元受刑者の長男弘次さん(右)=2月27日午後、大阪高裁前
日野町事件の再審開始が認められ、報道陣に囲まれる阪原弘元受刑者の長男弘次さん(右)=2月27日午後、大阪高裁前

 過去の刑事裁判の誤りを正そうとする司法判断が、また示された。滋賀県日野町で1984年に酒店経営の女性が殺害され、手提げ金庫が奪われた「日野町事件」で強盗殺人罪の無期懲役が確定、服役中に病死した元受刑者について、大阪高裁が再審開始を認める決定をした。

 遺族による死後再審の請求を認めた大津地裁決定の結論を支持、検察側の即時抗告を棄却したもので、この事件の再審の必要性を認める2度目の判断である。

 裁判をやり直す再審は、もっぱら有罪の確定判決を受けた人の利益を図り、人権を保障するためだけに存在する制度だ。

 検察は趣旨を尊重し、そもそも地裁決定を不服として即時抗告すべきではなかったし、この上、最高裁に特別抗告すべきでもない。検察が確定判決に誤りはないと言うのなら、高裁決定を受け入れた上で再審の法廷で主張すればいいはずだ。直ちにやり直し裁判を始めるべきだ。

 日野町事件は客観的な直接証拠がなく、捜査段階の自白が有罪の最大の根拠とされた。過去幾多の冤罪(えんざい)事件に共通する自白偏重の証拠構造を抱えていたと言える。

 高裁決定は自白について、警察官の暴行、脅迫を受けた可能性があるとして任意性を認めなかった地裁決定の判断は退けたものの、信用性については地裁と同様、「基本的根幹部分に動揺が生じた」と否定した。

 その主な根拠が、被害女性の遺体発見現場に元受刑者を同行した実況見分の記録だ。確定判決は、元受刑者が誰にも教えられていないのに、現場の知識を有し、犯人ならではの説明をした証拠として重視していた。

 記録には、元受刑者が遺体に見立てた人形を用いて、遺棄状況を詳細に再現したように記載されていたが、再審請求段階で検察が開示した、見分の様子を撮影した写真のネガから、人形を使わずに再現した後、人形を使って再現する作業を繰り返していたことが判明。

 高裁は「捜査官による誘導の可能性を含め、任意性に疑問が生じたと言うべきで、自白の信用性にも動揺が生じた」と判断した。

 ネガは裁判所の訴訟指揮によって開示されたもので、検察が不利な証拠を隠していた疑いすらあると言わざるを得ない。高裁は「確定判決の審理段階でネガの存在が明らかになっていれば、有罪とは異なる判断になっていた可能性は否定しがたい」と厳しく指摘した。

 再審請求段階でようやく検察が開示した証拠が、再審開始や再審無罪につながった事件はこれまでにも数多く存在する。

 背景には、裁判員裁判の導入に伴って刑事訴訟法が改正され、通常の刑事裁判の証拠開示制度は拡充されたのに対し、再審では手つかずのままになっている問題がある。

 本則だけで500カ条を超す刑訴法のうち「第4編・再審」は19カ条しかない。証拠開示の在り方や再審開始決定に対する検察の抗告権制限などを盛り込み、第4編を全面的に改正すべきだ。

 通常裁判での証拠の一覧表交付制度を新設した2016年の刑訴法改正では付則に「政府は必要に応じ、速やかに再審請求審での証拠開示などについて検討を行う」と明記されている。

 いつまでも放置し、裁判所の裁量任せにすることは許されない。