岸田文雄首相が施政方針演説で「国民の前で正々堂々議論をし、実行に移していく」と高らかに宣言したのは、口先だけだったか。国会審議の劣化が止まらない。
2023年度予算案が衆院を通過した。反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有と防衛費の大幅増額、原発回帰、そして「次元の異なる」と打ち上げた少子化対策…。これほどの重い政策課題を抱えていたにもかかわらず、自民、公明両党の圧倒的な数の力によって、描いた日程通りに衆院段階の審議が終了した。
ときの政権が大きな政策転換に踏み切るならば、言論の府で十二分に吟味し、論戦の記録を後世に残すことが不可欠だ。ところが、この国会では、形骸化が一段と進み、行政府を厳しくチェックする使命を果たしたとはとても言えまい。論議が深まらないのは、一義的に岸田首相はじめ政権側に責任がある。
衆院審議で際だったのは、具体的な説明を拒む首相の不誠実な答弁姿勢と、言葉の軽さだ。前者の典型的な例が「手の内を明かすことになる」などと繰り返し、詳細な中身を語らなかった安全保障問題だろう。
導入を決めた米国製の巡航ミサイル「トマホーク」の保有数を聞かれても、どのようなケースで反撃能力を行使するのか具体例を問われてもゼロ回答。トマホークについては、ようやく衆院通過の前日に「400発」と答弁したものの、いかにも遅い。政権の考え方を丁寧に説明しなければ、論議には限界があるのは明らかだ。
発言に重みを欠き、後日軌道修正や釈明に追われる場面も相次ぐ。少子化対策を巡っては、家族関係社会支出が国内総生産(GDP)比で2%となっている現状を持ち出し、「さらに倍増しようではないかと申し上げている」と表明。だが、松野博一官房長官は、どこをベースにした倍増なのか「まだ整理中」とトーンダウンさせた。
そもそも倍増させるのが家族関係支出なのか、少子化対策関係予算なのか、こども家庭庁の予算なのか、物差しも判然としない。首相が口にした「倍増」という言葉だけが独り歩きしている。
首相秘書官の差別発言で大きな論点に躍り出たLGBTなど性的少数者や同性婚の在り方などの人権問題。首相は多様性の尊重や全ての人々の人権、尊厳を大切にする包摂社会の構築を強調したものの、その第一歩となるLGBT理解増進法案の成立への熱意は伝わってこなかった。
原発の新規建設や60年超の運転容認を盛り込んだ原発政策では、ウクライナ危機を受けたエネルギーの安定供給と脱炭素化の両立を理由に挙げた。だが、エネルギー基本計画で原発依存度を「できるだけ低減する」という従来の方針から転換することに、真正面から向き合い、説得力のある説明を尽くす姿勢を示さなかった。
首相は「歴史の転換点」と位置付け、新たな時代の国づくりを訴える。ならば、なおさら国権の最高機関でもみ、与野党がとことん論議した上で、幅広い合意を見いだす努力が必要だ。日程消化を優先し、おざなりの答弁を許す与党の責任も大きい。熟議の消えた国会は、この国の民主主義を危うくする。議員一人一人が言論の府の一員であることをかみしめてもらいたい。