新生児室の赤ちゃん(資料)
新生児室の赤ちゃん(資料)

 2022年の出生数が過去最少を更新し80万人を割り込んだ。国内人口は1年で過去最大の78万人も減少した。岸田文雄首相は「異次元の少子化対策」の号令を掛けるが、上滑りしていると言わざるを得ない。

 首相は「家族関係社会支出は20年度で国内総生産(GDP)比2%を実現した。それをさらに倍増しよう」と国会で述べた。GDP比4%へ10兆円程度積み増す表明と報じられたが、自ら答弁を修正し「防衛力強化と比較しても決して見劣りしないという議論をした。中身はまだ整理中」と曖昧にしてしまった。

 では倍増の基準は何か。首相は「内容を具体化した上で必要な財源を考える。ベースを先に言うのは従来答弁と矛盾する」と強弁した。基準点が言えず、なぜ倍増の目標を広言できるのか。それこそ矛盾だ。「整理中」ではごまかしきれまい。

 首相側近の木原誠二官房副長官に至っては「倍増は出生率がV字回復すれば実現する」と言った。予算倍増は少子化抑制という目的に向けた手段のはずだ。目的と手段が逆転し政策論の体をなしていない。政府は3月末にも概要をまとめるとしているが、出生率回復を実現する少子化対策の具体論を早く示すことこそ政治の責任のはずだ。

 1989年、女性1人が生涯に産む子どもの人数を示す合計特殊出生率が1・57まで落ち込んだ。それ以降、政府は保育所整備、幼児教育・保育の無償化、不妊治療への公的医療保険の適用拡大などを進めた。問題は30年間の施策が少子化を止める決定打にならなかったことだ。徹底的に検証して有効策を見いだしたい。そのためにも政府と野党は国会で建設的な議論を尽くしてほしい。

 ポイントは何点かある。少子化対策で成果があったフランス、スウェーデンの家族関係社会支出がGDP比3%前後あるのに比べ日本は劣る。のみならず、家族関係の政府支出の内容は6割超が現金給付だ。欧州2国は、多様な保育サービスの提供など現物給付が半分以上を占めている。今回も児童手当の給付対象拡大が議論されているが、日本はもっと現物給付に力を入れる余地があろう。

 若い世代が結婚、出産をためらう最大の理由は経済的不安であり、社会を挙げて支えたい。幼保無償化の拡大、高等教育まで見渡した教育費負担の軽減など、やる気になればできる政策はまだある。例えばドイツの国公立校は小学校から大学院まで原則無料だ。

 具体策を積み上げれば、全体でどのくらい予算が必要になるかに行き着くはずだ。まず倍増ありきでは中身を欠く「空砲」と言われても仕方あるまい。

 日本の少子化進行の背景には、若者を厳しい経済状態に追い込んだ格差問題がある。2017年の総務省データでは、45~49歳男性の有配偶率は正社員で80・0%だが、低賃金で不安定な非正規雇用では42・7%と約半分だ。女性に出産かキャリアかの二者択一を迫る旧態依然とした経済、社会環境の改革も課題だ。

 現金給付、現物給付に加え、子育て世代の働き方改革、雇用・所得安定、住宅確保などの政策や予算を充実させたい。

 政策概要の発表は3月末より早めるべきだ。23年度予算案を巡る国会論戦を回避するためのスケジュール設定だとしたら、姑息(こそく)の批判を逃れまい。