日本の国会に当たる中国の全国人民代表大会(全人代)が開幕した。昨年10月の中国共産党大会で異例の3期目続投を決めた習近平総書記ら党指導部の下で、新たな首相や全人代常務委員長(国会議長)らを選出、新体制を発足させる。
習指導部は過去の2期10年で権力を総書記に集中させ、政権基盤は盤石かにみえた。だが党大会後の昨年11月、国民の行動を厳しく規制する「ゼロコロナ」政策に耐えきれなくなった若者らが各地で抗議行動を展開、独裁体制批判にまで発展した。こうした事態に至るまで指導部が習氏のこだわるゼロコロナ政策を軌道修正できなかったことは、一極集中のひずみを露呈した。
指導部はこの失敗を教訓に、党内の異なる意見や民意を適切に指導部に反映できる民主的な政治制度の構築に着手すべきだ。
今回の全人代で引退する李克強首相は最後となった政府活動報告で「政府に対する民衆の意見や提案を重視する必要がある」と、中国が抱える問題点を認めた。
習氏は経済政策でも主導権を握ったため李氏の存在感は低下し、影響力も限られていたが、指導部内の議論ではたびたび習氏と異なる見解を表明したとされる。李氏が去り、習氏側近ばかりで占められた新指導部では率直な議論ができなくなるのではないか。
ゼロコロナ政策を3年近く続けた結果、中国経済の疲弊は著しい。昨年の実質成長率は3・0%と目標の5・5%を下回った。地方政府はゼロコロナのため連日のPCR検査で膨大な出費を強いられ、公務員の給与未払いも起きた。加えて格差解消を目指して習氏が重視する「共同富裕」政策の実現を急ぎ、巨額の利益を得るIT企業や不動産業界への締め付けを強めたことで不況は加速した。
新指導部の当面の最優先課題は経済の立て直しだ。活動報告は今年の成長率目標を5・0%前後に設定。政府が最近不動産市場の活性化に着手するなど軌道修正を始めたことは評価できる。
ただ少子高齢化もあり、中国はこれまでのような高成長は期待できない。真の選挙による指導者選出の仕組みがない中国では、国民を豊かにする高成長が政権の正統性を支えてきた。低成長時代に入るこれからは何で正統性を得ようとするのか。
習氏の発言からうかがえるのは国家や国民の「安全」だ。昨年の党大会でも「安全」が強調された。しかし安全を正統性の根幹に据えると外部の「脅威」をことさらに強調して米中対立や台湾海峡を巡る緊張をあおることになりかねない。今年の国防費予算に昨年よりも高い前年比7・2%増を計上したことも国際社会の不信感を強める。
昨年のゼロコロナ抗議デモで、若者たちは「私たちは納税者で国家の主人公なのに、意見が無視され尊厳を得られていない」「習氏は裸の王様だ」と訴えた。
今回の活動報告は改めて富国強兵を目指す習氏の指導理念「新時代の中国の特色ある社会主義思想」の下での結束を強調した。中国の社会が成熟する中で、若い世代は多様な価値観を持つようになっている。時代に合わない「思想統一」を押し付ければ、習氏が「裸の王様」として見放される可能性があることを自覚すべきだ。