創業100年を超える小村書店(出雲市平田町)の5代目となる小村将史さん(32)は、かつて保育士だった。妻優衣さん(32)もそう。現場経験を生かし、「子どもの成長に応じた絵本を選書して薦めたい」という夢への第一歩として店舗の改装に踏み切った。
今月初めにリニューアルオープンした、ほのかに木の香りが漂う店を、2人はイベントに活用しようと考えている。コーヒー、焼き菓子の提供や、子供服の販売なども計画。地区外からも子育て世代が集う、にぎわいの場にしたいと思い描く。
▼若い世代流出
書店は代々、旧平田市エリアの「中心部」だった本町商店街で、顧客を大事にし、地域にも愛されながら受け継がれてきた。
だが、今はその地域の姿が大きく変わった。毎日のように本を届けていた市役所は、2005年3月の合併で「平田支所」になった。支所はその後、新市の中心部に遠のいた本庁への機能集約が進み、職員の数が減っていった。
「商売でいいことは一つもない。周りで希望ある話も聞かなかった」。将史さんの父の小村肇社長(59)がこぼす。
合併前の04年3月末に約2万9200人だった旧平田市エリアの人口は、12年3月末は約2万7200人、23年2月末は約2万3600人に。若い世代を中心に、住宅開発が進む隣の旧斐川町エリアに移り住む動きがある。
平田商工会議所の会員数も、05年3月末の928、13年3月末の814から、今年2月末には772まで減った。
▼新しい「楽しみ」
「合併は市民としてはショックだったが、仕方ない」と振り返る小村社長。全国的にも厳しい経営環境にある本屋に「しがみ付くことはない」という考えの持ち主だが、地区外にも目を向け、店舗のリニューアルという大きな決断をした跡取りの考えや行動力について、誇らしい思いで見守っている。
合併後も「平田」の名が残る出雲市平田町。活性化策と言えば、合併前から、江戸時代から明治時代にかけて木綿の集積地として栄えた「木綿街道」を生かしたまちづくりだった。
酒蔵、しょうゆ蔵を含め、創業100年以上の老舗や古民家が軒を連ねる400メートルほどの通り。その魅力は歴史や風情ばかりではない。
週末の夜、予約客でにぎわうイタリア料理「TRATTORIA(トラットリア)814」。改装された木造2階建てに、18年4月にオープンした。地元客の50代女性は「ここが木綿街道に足を運ぶきっかけになっている」と話す。
同じ通りにある創業146年の酒造会社「酒持田本店」が、トラットリアと連携。国登録有形文化財の土蔵を使った宿泊施設「RITA 出雲平田 酒持田蔵」で、宿泊者向けプランとして日本酒とイタリア料理を味わう、新しい形の「楽しみ」を提供している。
一つ一つは「点」でも、通りで見れば「線」。利用客の喜ぶ顔から、トラットリアのオーナーシェフ前道竜二さん(39)は「自分のテリトリー内で完結しようとせず、互いにつながることが大事だ」と実感する。
同じ市内でも、合併後、人口の集積と流出の二極化が進む中心部と周辺部。核となる中心部でにぎわいを創出すると同時に、周辺部で輝く個を生かし、点を結び面に広げれば、出雲の求心力はますます高まる。
(藤原康平)