文学の力がいまよりも多くの人びとを魅了していた時代、文学とは社会や世界そのものだと言ってよかった。この熱い文学への期待の季節が過ぎ文学離れが言われて久しい今日まで、大江健三郎は、その小説を読むことが社会や世界を問うことに等しい文学をわたしたちに届け続けた。そして、社会や世界を編み直そうとする「希求」に満ちた大江の言葉に、同時代の読者は大きく励まされてきたのだ。

 この春、わた...