「いのちのスープ」で知られる料理研究家の辰巳芳子さん(98)は、生命の仕組みに「食」が侵しがたく組み込まれている、と折に触れて指摘している▼だから「台所仕事は自分の人生と他の人生を受容しなければ、終生重荷となる作業なのだ」と、ある料理本の前書きに記す。あらがう自我から解き放たれ、優しい心となって火の前、水の前に立てるのは、自分の生命が仕えてゆく生命であることを悟ったときだ、とも▼わが家の台所でそうした境地に入ることはなかなかできないが、出雲市内で先日あった、有機栽培の農作物や添加物不使用の食品を使う「オーガニック給食」を考える会で実例を聞いた。40年前から地域を挙げて有機農業に取り組む島根県吉賀町は、まさに生命の循環を実践していた▼登壇した同町の柿木村有機農業研究会の福原圧史会長(74)によると、学校給食は全て有機米を使い、野菜に平飼い卵、手作りこんにゃくを提供する複数の農家が子どもの生命を支える。小さな町だからできるのか。何千食も作るセンター方式が主流の現場では、火や水の前に立つ人が大量の仕入れが難しく、理想と現実のずれに苦しむ話を耳にしたこともある▼政府は少子化対策の試案に、給食費の無償化の検討を盛り込んだ。同時により安全な食の提供ができないか。元町職員の福原さんは「行政が判断し、農協が協力すればできる」と言い切った。(衣)