始まりは小学1年の書道の授業だった。一人の少年が半紙の片隅に似顔絵を落書きした。先生に叱られると思いきや褒められ、墨の濃淡によって雪舟のような水墨画が描けると教わった▼この少年こそが、島根県六日市町(現吉賀町)出身で現代日本彫刻の第一人者・澄川喜一さん。ささやかな出来事だったが「感激した。絵が好きになった。画家になりたいと思うようになった」と、2018年7月掲載の本紙連載企画『若者よ』で回想していた▼恩師だけではなく、環境にも恵まれた。「そり」を特徴とする彫刻の作風の原点は、山口県岩国市で過ごした高校時代。そりの形状が美しい名所・錦帯橋にひかれて彫刻家を目指し、東京芸術大に進み、夢中で創作を続けた▼〝ライバル〟にも恵まれた。同じ六日市出身の世界的デザイナー・森英恵さん。21年3月まで本紙文化面に連載し、書籍化もされた『そりとむくり』で「英恵さんはずっと憧れの人」「(若手の頃)まだ彫刻家として芽が出ない僕にとって、ものすごい刺激になった」と語っていた▼「歩き続ける。命の続く限り、まだまだいろいろなことをやってみたい」。連載の最終回でそう意気込んでいた澄川さんが91歳で亡くなった。昨夏に96歳で旅立った「憧れの英恵さん」の後を追うように。一枚の半紙から始まった芸術家人生。周囲の後押しや刺激を受け、夢中に駆け抜けたに違いない。(健)