簡潔な文章にしたら小欄でも5行で収まる。国策で多くの人が渡った旧満州(中国東北部)に終戦間際、ソ連軍が侵攻。女性と子ども、老人だけの逃避行を余儀なくされ、集団自決も起こった。収容所では病気や性暴力と隣り合わせだった…。
この想像しようもない惨劇を島根県川本町の子川(ねがわ)カズエさん(1999年死去)は文字に起こした。満蒙開拓団の取材を続けた文筆家の故こちまさこさんが勧め、書くことが苦手なカズエさんの文章を、夫の故喜六さんが清書した。
1940年に結婚し、渡満。3人の男児に恵まれた。手記は45年8月から翌年3月ごろまでの体験記で、他20人の手記と共に81年出版の『わが子よゆるして』に収められた。日本の敗戦を知り、恨みが募った現地住民の襲撃に、時に銃で応戦。飲まず食わずで山越えする中、わが子を手にかけた。
当時の切迫感は、会話まで詳細につづられた計42ページから伝わる。普通の人々が加害者となり被害者となり、戦後は口を閉ざして生きた。カズエさんは引き揚げ後に生まれた娘たちに満州での惨劇を話すことはなかったという。
松江市内に暮らす長女から戦後80年の今夏、こちさんが18年前に出版したカズエさんの手記も含む『一九四五年夏 満州 七虎力の惨劇』が新聞社に届いた。「母たちのことを知って武器を持たないでほしい」との願いがどうしたら伝わり、かなえられるかと託された。(衣)













