東京・大田区にある「昭和のくらし博物館」の館長は90歳になる生活史研究家の小泉和子さん。大田市大森町の国指定重要文化財・熊谷家住宅を指定管理する「家の女たち」の代表を務めたこともあり、島根にも縁が深い。先月、出張の合間に立ち寄った▼博物館といっても1951年に建ち、和子さんはじめ小泉一家6人が96年まで暮らした2階建て、床面積60平方メートルの小さな民家。残る家財道具と共に、戦後の庶民の暮らしをそのまま伝える▼玄関脇の板間は建築技師だった父親の書斎。奥には小さな台所と茶の間。続く座敷の前に縁側があり、ささやかな庭と以前は畑もあった。2階は4畳半が二つあり、一つは子ども部屋、もう一つは早稲田大生2人が下宿していた。呼べば今にも家族が集まってきそうな空間だ▼小泉さんが自宅を博物館に変えたのは、本当の豊かさとは何かを考え直す場にしたかったからという。展示や企画の設定に据えているのが昭和30年ごろの暮らし。家電製品も使うが無制限には電化せず、使い捨てしないで物を大事に使い、工業製品にも極力頼らず、自分の手と体を使う生活だ▼当時を知らないのに懐かしく感じるのは、昔の清貧な日本の生活への憧れが本能的にあるからか。資源を浪費し、地球環境も変える現代。博物館は東京の片隅で、日本が進んだ西洋化、工業化、経済第一主義への異議を静かに唱えていた。(衣)