9月1日は防災の日。首都圏で10万人以上が犠牲になった関東大震災が発生した日で、今年で100年を迎える。災害現場でけが人や急病人が発生した際、助けに駆けつけるのが消防の救急隊だ。どのような仕事なのか、松江市消防本部に聞いた。
(Sデジ編集部・鹿島波子)
▽「急病」の出動増加 夏は熱中症患者も
各消防署の消防部隊には、火災の消火活動を担う「警防隊」、人命救助や消防活動を補佐する「救助隊」、救命処置を行う「救急隊」がある。119番通報があった際、けが人や急病人がいれば救急車に乗って駆けつけるのが「救急隊」になる。救急隊の中には、通常の隊員と国家資格を持つ救急救命士がおり、松江市南消防署の足立博之署長は「救急救命士は、医師の指示に基づいて医療行為ができる」と説明する。

救急の出動件数は、全国的に新型コロナウイルス禍が始まった2020年に減少して以降、ここ3年は増加傾向にある。松江市消防本部では今年1月から8月29日までに7177件出動しており、前年の同時期は6218件と既に約千件増加。昨年は9826件だったが、足立署長は「年間1万件を超える可能性もある」と話し、過去10年でも最も多い件数が見込まれる。年齢層は高齢者が7割と圧倒的に多く、昨年度の事故種別は「急病」が約70%を占め、「一般負傷」が約15%、「交通事故」が約5%だった。
急病の種類は、呼吸困難や血圧異常、意識がないなど様々あるが、特に夏の時期は、熱中症での搬送が多い。消防庁によると、熱中症の発生場所は住居が最も多く、発生件数も今年は全国総計で6月、7月ともに過去2番目に多い搬送人数を記録した。南消防署で救急救命士の新田一詞さん(39)は「昼だけでなく夜間の通報もあり、高齢者が冷房を使わず扇風機だけで我慢している場合もある」と現状について話す。

▽救急救命士は医療行為も
救急隊の通常の出動時は、人の命も懸かっており「一秒でも早く向かう」(新田さん)のが役目。消防士と比べても、上着に長袖の感染防護服を着るだけの軽装備で、通報を受けると、表示される通報場所の地図をすぐ確認。基本は3秒以内で「ここを通って行くぞ」と決め、救急車に飛び乗るという。
救急車には、救急隊員と、資格を持った救急救命士が同行する。救命士は搬送先の医師と連絡を取り、医師の指導の下、点滴を打つなど医療行為を行うことができる。点滴では熱中症患者への水分補給や、低血糖時のブドウ糖投与、心停止時のアドレナリン投与がある。アナフィラキシー症状での筋肉注射もあり、到着現場や搬送する救急車内で行う。
救急車の搬送は、現場に向かう時と病院に搬送する時では運転が全く異なる。行きは「車が揺れてもいいから早く到着することを優先する」(新田さん)。一方で、患者を乗せれば、点滴の針を刺すなど慎重な行為も伴う。できるだけ揺れないよう、場合によっては速度を落として向かう。「救急車の運転が遅いなと思ったら、車内で処置をしていると思ってほしい」と新田さんは理解を求める。

いずれにおいても重要なのが、道路の選択。救急車は、立って作業できる広さもあるため、幅や高さも加味しての運転技術が必要だ。搬送時は患者に優しい路面を選び、整備された路面を最短ルートで選択する必要がある。工事や路面情報は、業者からも事前に各署に連絡があり、事前に把握した上で病院まで向かう。
毎朝8時半に出勤し、車両点検の後は、運転訓練や地理の調査など、日頃から安全に運転し、道路状況を把握するのも重要な任務。足立署長は「川が近い、雪が降るなどの条件で選ぶ道は違うし、日中と夜間でも変わってくる」とあらゆる状況を想定することが大切と強調する。
防災の観点でも、避難ルートや水害時の危険地域など、事前に把握することが第一歩になる。個人では自分の命を守るための備えだが、消防隊員は人の命を預かるためにその地域の全てを把握する必要がある。新田さんは「新しい家や店など建物が建ったら気になって、休みの時でも自家用車で見に行く人もいる」と、隊員は現状把握に余念がない。

▽女性の救命救急士が活躍
体力が必要な消防署の仕事は男性が多く、島根県の消防職員1210人中、女性はわずか2%の25人だ。松江市消防本部では9人おり、現場に出るのは3人。子育てをしながら奮闘する隊員もいる。
南消防署の救急救命士、西尾郁香(あやか)さん(35)は子どもを育てながら、今春、6年半ぶりに現場に戻った。それまで5年間は日勤業務で予防課担当として火災の啓発や広報などに携わっていたが、患者さんから感謝されることへのやりがいが忘れられず「いつか現場に戻りたい」という思いが強かった。

救命の現場で女性の力が必要と考える場面も多い。患者に婦人科系の疾患があった場合は「男性では聞きにくいことも聞きやすい」。また、熱中症になった未就学児は熱性けいれんを引き起こし、パニックになる母親もいる。「慌てておられるので『大丈夫ですよ』と声を掛けています」と同じ母親の立場で寄り添って声を掛けることで、落ち着きを取り戻してもらえるという。
先輩の新田さんも「患者さんが女性の場合、隊員が女性だと安心するという方もおられる」と西尾さんら女性隊員の存在を心強く思っている。
▽熱中症対策や講習で、身を守る準備を
緊急の場合はためらうべきではないが、消防庁が発表する傷病程度別の搬送人員は、昨年は約47%が入院不要の軽症だった。「救急の方に遅れがないように、適切に利用してほしい」と西尾さん。市民としても現場がスムーズに運ぶよう協力していきたい。何ができるのか。新田さんは「救急車を呼ぶか迷った時は『Q助』を活用してほしい」と消防庁が作成した救急受診アプリを勧める。当てはまる症状を選択することで、救急車を呼ぶべきかどうか判断が客観的に示される。

また、熱中症などの予防策はしっかりとっておきたい。例年、熱中症は7、8月がピークだが、まだ9月も暑さが残る。消防庁によると昨年は全国総数で前年比2万人超増の7万1029人が搬送され、今年は8月27日までの速報値で既に昨年を超えている。西尾さんは「のどが渇いてからだと遅い。こまめに水分補給をし、冷房器具も使ってほしい。食事も抜かずに食べて」と呼びかける。
消防署では定期的に救急講習も行っている。松江市では個人向けに月3回、第2、3日曜は応急手当てや止血について、第3火曜には心肺蘇生法などの講習を開き、講師として参加する西尾さんは「講習を受けると備えもしっかりできます」と呼びかける。

命を守るため日々奮闘する現場の声を聞き、市民として安心感を抱くとともに、自分自身が取り組めることも多くあると感じた。いつ起こるか分からない災害や体の異変。もしそこに自分が出くわしたら。一人でも多くの命が助かるよう、できることを考えていきたい。