梅雨も後半に入ったが、7月中旬にかけて水害に襲われやすい時期が続く。40年前に島根県西部に甚大な被害をもたらした「58豪雨」も梅雨末期に発生し、107人の尊い命が奪われた。今週末の8、9日も大雨が予想され、島根県全域でも気象庁の「早期注意情報」で警報級の可能性があるとしている。いつ起きるか分からない水害に対して、どのような備えが必要か。江の川沿いでたびたび水害に見舞われる江津市桜江町出身で、防災士でもある元NHK松江放送局キャスター・小笠原知恵(ともえ)さん=日本防災士会島根県支部・女性推進統括=に注意点を聞いた。(Sデジ編集部・鹿島波子)
▽「水来るよ」西日本豪雨の教訓
小笠原さんは昨年、防災士の資格を取得した。原点にあるのが5年前、NHK浜田支局でキャスターを担当していた時に発生した、西日本豪雨の体験だ。
2018年7月6日午後2時、昼間から実家のある江津市内では大雨洪水警報が発令された。夜は浜田市内の自宅にいたが、心配になって電話すると、90代半ばの祖母と両親の3人は、平屋の実家でいつも通り就寝していた。「水来るよ!」と渋る祖母を説得し、3人は深夜のうちに着の身着のまま、近くの外の高台まで避難した。
実は当時、家族はみな「大丈夫だろう」と考えていた。江の川流域を襲った1972年の47水害を機に、江の川沿いは堤防の整備が進んでいたからだ。日中に車だけは高台に上げていたが、現実は想像をはるかに超えた。川の水は夜にかけて増し、江の川の支流の水が合流点でせき止められ逆流する「バックウォーター現象」が発生。周辺は水没し、実家は床上60センチまで水がやってきた。「一夜でこんなことになるんだ」。水害の怖さを肌で感じ、家族の避難が遅れていたらと思うとぞっとした。
◆2018年7月、西日本豪雨の時の当時の映像(本人提供)
▽情報を集め、避難目安を決める
この経験から、小笠原さんは「避難するかどうか、目安を決めておくことが大事」と話す。祖母のように、高齢者ほど家から出たくない人も多い。西日本豪雨では、江の川流域の4市町村が出した避難指示の対象住民のうち、避難所に避難したのはわずか12%にとどまった。
小笠原さんは「梅雨末期は、明日だけじゃなく、数日先の予報もチェックしたい」と呼びかける。週間の天気や雨量の予報に加え、気象庁が5日先までの警報級発表の可能性を示す「早期注意情報」も薦める。専用サイトで「中」「高」の2段階で示される。「高」は警報発表の可能性が高く、「中」でも警報級の現象になりうるとして警戒を促す。毎日午前5時、午前11時、午後5時の定時発表のほか、気象警報・注意報の発表に応じて随時更新する。
山陰両県では、島根県は「東部」「西部」「隠岐」、鳥取県は「東部」「中・西部」のくくりで発表される。旅先など見知らぬ土地でも、事前に見ておけば、備蓄などの準備の目安になったり、ハザードマップを確認できたりするので、気象台も活用を薦めている。小笠原さんは「県や市の防災メールも合わせ、この先に川の量が増水しないかなど、想像しながらチェックしてほしい」と強調する。

地域の川の水位やダムの放水量も目安となり得る。江津市桜江町では、江の川中流部にある「浜原ダム」の放水量を目安として活用する住民も多い。地域ごとに目安をつくり、共有していくことも大事という。
また大雨が降っている最中は、停電などで情報収集がうまくいかないケースも多い。西日本豪雨当時、「(家族は)無線も聞こえなかったと言っていた」と小笠原さん。そんな際は、周辺の危険度を伝える気象庁のサイト「キキクル(危険度分布)」の利用を促す。位置情報を利用でき、避難レベルを5段階で伝え、紫色の「レベル4」は避難指示で、土砂災害警戒区域の外への避難を呼び掛ける。ハザードマップと合わせて、事前に避難所への道のりを見比べて、どの道が速く、安全かを想定しておくことが重要という。
▽避難はスニーカー、長袖長ズボンで
水害時は「避難の格好も大切」と説く。まず大切なのが靴。「女性のヒールはもちろん、サンダルもすぐ脱げるのでダメ。長靴も口が開いたものは水が入り、かえって重くなるため、ひも付きのスニーカーがおすすめ」。夏場は暑いが、服装は「雨にぬれて寒くなるので、直接肌が出ないよう、ウィンドブレーカーなど長袖長ズボンが望ましいですね」とした。

また、避難時に道路の浸水が始まっていれば、開いたマンホールの蓋や道路沿いの溝に落ちる恐れがある。「つえや傘を用意するといい」と話し、足下をつつきながら進むことで安全が確保しやすくなるという。また、流されないように物をつかむこともあり「軍手など手袋もあった方がいいです」と指摘した。
▽1週間分の水と食料、防災リュックは必須
避難生活への備えも説く。「やはり、水の備蓄は大事ですね」と小笠原さん。今でも梅雨時期に入ると、両親に「水買っている?」と確認の声掛けをする。水害時に調達に苦労したことから、1週間分の水と食料の備蓄が必要という。
そして「背負える非常持ち出し袋(防災リュック)は、必ず1人一つ持つことが必要」と訴える。中身は、水や食料に加え、汗ふきシート、簡易トイレなどをコンパクトにまとめる。「水害時は、冷えの対策でホッカイロやアルミのブランケットもあるといい」とアドバイスする。さらに「女性は生理用品、高齢者は入れ歯や薬、子どもはぬいぐるみなど持っていて安心するものがあるといい」と性別や世代に応じて必要なものを入れ込むとよいと言う。一方、重すぎると避難の支障にもなりかねない。重すぎず背負える範囲にとどめることがポイントで、小笠原さんは6.5キロ程度に収めている。「重くて逃げるのが大変にならないよう最低限のものを入れ、両手は必ず開けておいて」と注意した。

九州や隣県の山口県では今年も大雨による甚大な被害が発生している。梅雨が終わっても台風シーズンに入り、水害のリスクは続く。小笠原さんは最後に、自身の経験をもとに「慣れているからこそ『大丈夫だろう』と思い込むのは良くない。その気持ちは一旦置いておいて、『発生するかもしれない』という気持ちを持って、動いてほしい」と防災への心構えを訴えた。経験者の言葉は重い。いつ起こるか分からない災害から自分や家族、大切な人を守るため、あらためて「備え」ができているか身の回りを確認し、行動に移したい。