「どう安全かつ迅速に患者を避難先の病院に搬送する考えなのか見えない」
中国電力島根原発(松江市鹿島町片句)から約1キロの至近距離にある鹿島病院(177病床)で、下瀬宏事務部長(66)が不安を口にした。
現在は約160人が入院中で、患者のうち約60人は寝たきり、約20人は人工呼吸器を付けて治療している。原発で事故が起きた場合、車いすやストレッチャーを使って避難するには約100台の福祉車両などが必要になると見込む。だが、実際に確保ができるかどうか保証はない。
市の避難計画は、各病院が自ら移動手段を手配できない場合は、島根県が国や関係機関の協力を得て確保すると定めている。
一方、県原子力防災対策室によると、各病院の入院患者数や社会福祉施設の入所者数などは把握しているものの、個別施設への割り当て車両台数までは計画に盛り込んでいない。島根、鳥取両県は中国5県のバス協会やタクシー協会と車両確保の協定を結んでいるが、いつどこから何台を手配できるか事前に見通しを立てることは難しいという。
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患者を院外まで運び出す人員の確保も悩みの一つだ。鹿島病院では約230人の職員のうち45人が近くに住んでおり、それぞれが避難者になる可能性がある。
院内に陽圧化装置や自家発電機などを備え、一時的な屋内退避はできるが、車両手配のめどが立たず避難が遅れたり、複合災害で道路がふさがれて孤立してしまえば、患者の生命に関わる深刻な事態を招きかねない。
2011年3月の東京電力福島第1原発事故では、周辺で大渋滞が生じ、高齢の入院患者が避難途中で亡くなるケースが相次いだ。島根原発の地元である鹿島自治連合会の亀城幸平会長(71)は「われ先にという自主避難の心理が働けば、道路がパンク状態になる」と懸念する。
新型コロナウイルス感染対策も新たな不安材料で、検査従事者の確保や感染者への対応、バスの定員制限といった多くの課題が新たに積み上がる。市防災安全部の矢野稔明次長は「感染疑いのある人を分けてばらばらに避難させる対応は非常に難しい」と頭を悩ませる。
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福島原発事故から10年が過ぎ、中国電力が再稼働を目指す島根2号機の新規制基準適合性審査は最終盤に差し掛かる。松浦正敬市長はかねて市議会や市原子力発電所環境安全対策協議会の場で「完璧な避難計画はできない」と述べてきた。不断の見直しが必要との立場での発言だが、それでは市民の不安は拭えない。市民の安全安心をどう守るのか。県庁所在地で唯一の原発立地市が全国に範を示すべきだろう。