フィリピン沿岸警備隊の船舶を視察する岸田文雄首相(中央右)=4日、マニラ(共同)
フィリピン沿岸警備隊の船舶を視察する岸田文雄首相(中央右)=4日、マニラ(共同)

 岸田文雄首相はフィリピンとマレーシアを訪問し、両国を皮切りに東南アジア諸国連合(ASEAN)各国との安全保障協力を拡大する姿勢を打ち出した。シーレーン(海上交通路)の安全確保に関わる要衝にある両国は、いずれも南シナ海で中国と領有権を巡る対立を抱える。安保協力は海洋で軍事活動を強める中国の抑止が狙いだ。

 フィリピンのマルコス大統領との会談では自衛隊とフィリピン軍の相互往来をスムーズにする「円滑化協定(RAA)」を締結する交渉開始で一致し、沿岸監視レーダー供与に合意した。岸田政権が同志国軍を支援するために創設した新たな枠組み「政府安全保障能力強化支援(OSA)」を初めて適用する。マレーシアのアンワル首相との会談でもOSA実施への調整加速を確認した。

 安保協力の強化は、中国が覇権主義的な行動で各国に脅威を与えた結果だ。だが安保協力への傾斜ばかりが突出すれば中国が反発し、地域の不安定化や軍拡競争につながる恐れがある。緊張緩和へ向け、中国と対話する外交努力も不可欠だ。

 南シナ海では、フィリピン軍が拠点を置くアユンギン礁(英語名セカンド・トーマス礁)で緊張が高まっている。今年2月にフィリピン沿岸警備隊の巡視船が中国海警局の艦船からレーザー照射を受け、マルコス政権は態度を硬化させた。10月にはフィリピン軍拠点に向かう補給船団を中国艦船が妨害して衝突。同盟国米国とフィリピンが共同声明で、米比相互防衛条約がフィリピン公船に適用されると再確認する事態になった。

 岸田首相は、会談後の共同記者発表で東・南シナ海について「力による一方的な現状変更の試みは容認できない」と強調、マルコス氏も「日本とは安全保障上の懸念を共有している」と述べた。

 フィリピン議会では日本の首相として初めて演説し、6月に日米比の海上保安機関が初の合同訓練を行い、10月には自衛隊が米比合同訓練に参加したことを挙げ「法とルールが支配する海洋秩序を守り抜いていこう」と呼びかけた。

 ASEANは中国と対立を抱えつつも、経済的関係が深いことに配慮する必要がある。日米が前のめりに取り込みを図れば反発が起きるだろう。

 宗教や政治体制、経済環境などの多様性にも注意すべきだ。イスラム教を国教とするマレーシアでは現在、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの攻撃を非難する声が渦巻く。アンワル氏は会談後の共同記者発表で「ガザの損害は広島(原爆投下)に比肩する」と危機感を示した。

 日本はASEANとの交流開始50周年を記念して12月中旬、東京に各国首脳を招待して特別首脳会議を開催する予定で、首相の訪問はその準備でもある。安保以外に貿易・投資や人的交流、地球温暖化、感染症対策なども今回の会談で取り上げたが、さらに幅広い協力と交流が期待される。

 米国は中国と対立を深める一方、米中首脳会談の実現に向けてバイデン大統領がホワイトハウスで中国の王毅共産党政治局員兼外相と面会したほか、さまざまなレベルで対話を続けている。岸田政権は中国との「建設的で安定的な関係」を目指しているが、具体的な行動は乏しい。対話を進めるため粘り強く努力しなければならない。