来年1月13日に行われる台湾総統選の立候補の届け出が締め切られ、候補者が確定した。与党、民主進歩党(民進党)が蔡英文総統の後継を目指す頼清徳副総統を立てたのに対し、野党側は最大野党、国民党の侯友宜氏と台湾民衆党の柯文哲氏に割れ、三つどもえとなった。
国民党の独裁体制が1980年代後半から民主化した台湾では、これまで3回政権交代を経験し、民主主義指数ではアジアで日本を上回るといわれる。民主主義の揺らぎが目立つ時代にあるからこそ、成熟した民主主義の力強さを示してほしい。
米中の対立が経済、安全保障、イデオロギーなど多くの領域で激化する一方で、台湾統一を目指す中国の習近平指導部が武力行使も辞さない構えで軍事威嚇を繰り返し、台湾有事への懸念が強まっている。このため国際社会は、米中や中台関係という大きな構図から台湾を見がちだ。
総統選は地方選挙に比べて、対中政策が争点になるのは確かだが、有権者の選択はそれだけで決まるわけではない。与党の進める脱原発などのエネルギー政策や与党の汚職問題など対立軸は複数ある。民主的な選択を尊重したい。
対中政策では「台湾独立」や「中国との統一」を主張する候補は一人もなく、いずれも「現状維持」である。
中国が求める「一つの中国」原則を受け入れない民進党は中国から拒絶されているものの、対話を望んでいる。大陸由来の国民党は中国と話はできるが、中国が台湾に適用したい高度自治を意味する「一国二制度」を拒否している点はほかの党と同じだ。
台湾の政治家自身も争点を単純化するため「平和か戦争かの選択」(国民党)、「民主主義か専制主義かの選択」(民進党)と訴える。頼氏が当選すれば、民進党を「独立勢力」と見なす中国が威嚇を強める可能性は高いが、直ちに戦争になるわけではない。逆に国民党政権になっても中国の専制政治に陥落するわけでもない。「統一か独立か」という非現実的で不毛な議論を既成政党が長年続けてきたと批判しているのが柯氏だ。
各種世論調査では頼氏が30%強、侯氏と柯氏がそれぞれ20%前後で、与党優位のため国民党と民衆党はいったん候補一本化で合意したが、最終的には決裂した。正副総統候補を決める基準で対立したためだが、柯氏に対し「野合」批判が噴き出したこともある。柯氏の支持層は二大政党への不満を持つ若者ら中間層だ。中間層の投票が総統選の行方を決めるだろう。
世界では報道統制を強化したり、民主主義をないがしろにしたりする権威主義的政権が増えている。台湾では有権者の健全なバランス感覚が働いているようにみえる。
前回総統選では、中国に反発する香港でのデモを受けて「反中意識」が盛り上がり、蔡氏が圧勝した。今回は国際社会の関心とは裏腹に、対中国政策はそれほど焦点になっていないとの指摘もある。ポピュリズムに流されない冷静な政策論戦を期待したい。
経済では中国への依存度が高く、安全保障では米国頼りなど日本と似ている面も多い。少子高齢化の問題も共通だ。前回の投票率は74・9%に達し、若者を含めて政治的関心は高い。低投票率などに悩む日本が学ぶべきことも少なくないはずだ。