三浦義武
三浦義武

 <われわれは、絵画において富岡鉄斎、陶芸において柿右衛門を誇るがごとく、コーヒーにおいてかれを世界に誇っていいであろう>。かれとは缶コーヒーの生みの親で浜田市三隅町出身の三浦義武(1899~1980年)。市内に立つ記念碑に記された一文は、親交があった作家の司馬遼太郎によるものだ▼今年は義武の生誕125年とコーヒーの研究を始めてから100年の節目に当たると知った。2枚重ねの布袋にコーヒー粉を入れ、水出ししてから湯を注ぐ独自の抽出法は現代に復元され、「ヨシタケコーヒー」として浜田市が実技試験のある認証制度を設けている▼職場の後輩が行きつけの喫茶店で飲めると聞き、これを機に、と連絡して訪ねた。迎えてくれたのは店主の田中昭則さん(71)。義武の経歴や人となりとともに、入れ方を丁寧に教えてくれた▼水を少しずつ注ぎながら粉をかき混ぜ、30分以上かけて抽出する。準備を含めると、1時間は優にかかるという。コンビニで入れたてがすぐに飲め、若者世代を中心に効率重視の「タイパ(タイムパフォーマンス)」が叫ばれる時代にあって、「ゆっくりと混ぜる、ゆっくりと。急いだら雑味が出る」▼混ぜ方や湿度の違いでいつも同じ味は出せないとも。均一化を求めるのではなく、ありのままのふぞろいを許容する。「これがきょうの味です」と差し出された一杯は、濃厚で味わい深かった。(史)