土俵上の小学生力士を見つめる目は、穏やかで優しかった。第53代横綱琴桜の先代佐渡ケ嶽親方(1940~2007年)。生前、自らを顕彰するため古里倉吉市で始まった「桜ずもう」には欠かさず出席していた。何度か取材したが、弟子を指導する厳しい表情とは正反対だった▼「令和の怪物」の異名で角界を席巻する倉吉市出身の伯桜鵬も、この大会への出場を機に本格的に相撲を始めた。しこ名の「桜」は桜ずもうが由来。琴桜の〝遺伝子〟は着実に受け継がれている▼とはいえ遺伝子で言えば、この人の方が強いに決まっている。実の孫で26歳の関脇琴ノ若。強烈な突き押しで「猛牛」と呼ばれた祖父に加え、父親の現佐渡ケ嶽親方も現役時代に関脇を張った相撲一家で育った。初場所は優勝を逃したものの13勝をマーク。直近3場所で目安とされる計33勝を挙げ、大関昇進が正式決定した▼注目されたのがしこ名。幼い頃、祖父に将来「琴桜」のしこ名を受け継ぎたいと切り出すと、「大関になったらいいぞ」とほほ笑みながら約束してくれたという。琴ノ若自身もそれを励みに稽古を積み重ねた▼ところが今回、琴桜襲名に自ら「待った」をかけた。父のしこ名だった琴ノ若を「大関に上げたいという思い」があり、襲名は昇進2場所目に延ばす予定という。孝行息子だ。たくましくなった孫の姿を、猛牛は空の上から優しく見守っているだろう。(健)