土佐源氏を演じる坂本長利さん=2017年9月、鳥取県大山町
土佐源氏を演じる坂本長利さん=2017年9月、鳥取県大山町

 先日、知人との会話で出雲弁の「す」が話題になった。当方はネーティブではないが、口元をあまりすぼめずに発音するので「し」とも聞き取れる▼「○○のす」と言うと、最近はあまり聞かなくなったが、子どもの頃は親戚や近所のおじさんたちが、うわさ話でよく使っていたのを聞いて育った。「あのすはのぉ」は「あの人はな」という意味になる。転じて「あのさんは」というのもあった▼昭和の古き時代を知る「出雲のす」が20日、94歳で死去した。俳優の坂本長利さん。民俗学者・宮本常一が描写した盲目の元馬喰(ばくろう)(馬・牛の売買・仲介をする商人)の女性遍歴の語りを一人芝居「土佐源氏」として1223回演じた▼1929年生まれ。出雲市で育ち、終戦後すぐに上京した。新劇俳優の山本安英らが主宰する劇団「ぶどうの会」に入会、キャリアを積み、38歳で始めたのが「土佐源氏」だった▼古里・出雲と鳥取県大山町で公演したのは2017年のこと。「全く素朴なサカキの音だけがするような出雲神楽のリズム、テンポが体に染みこんでいる。かぶっている面を突き破るような発声も必要。出雲神楽は僕の財産であり、土佐源氏の芝居にも影響している」と本紙インタビューで答えていた。語り口に耳を澄ますと、気のせいかもしれないが、端々に出雲の雰囲気が漂う。本人が節目とした100歳の「出雲のす」の古里公演を見たかった。(万)