列車の運転士に感謝の手紙と絵を手渡す小学生、軽快な演奏で記念式典を盛り上げる高校の吹奏楽部員…。全国から駆け付けた鉄道ファンが車両に乗り込み、各駅のホームや沿線では、詰めかけた地元住民が涙を浮かべて別れを惜しんだ。
江津市と広島県三次市を結ぶJR三江線(全長108・1キロ)がラストランを終え、88年の歴史に幕を下ろしたのが2018年3月31日。6年前のことだ。
沿線自治体は鉄路の代わりにバス転換を選択。「小回りが利き利用しやすい」という触れ込みだったが、実際の利用は低迷し路線撤退が相次ぐ。マイカーがある家庭はいいが、運転できない高齢者からは「不便になった」という声も。これでは人口減少が加速するばかりだ。
同じ失敗が繰り返されるのでは、と危惧している。
岡山、広島両県にまたがるJR芸備線の一部区間の存廃を話し合う「再構築協議会」の初会合が26日、広島市内であった。利用が低迷する地方鉄道の再編に向け、国が関与して鉄道事業者と地元自治体との協議を進める新制度の第1号。芸備線と接続する木次線(宍道-備後落合)も利用が低迷しており、議論の行方が影響するのは必至だ。
今回の対象は備中(びっちゅう)神代(こうじろ)(岡山県新見市)-備後庄原(広島県庄原市)間の68・5キロ。3区間に分けた2022年度の輸送密度(1キロ当たりの1日平均乗客数)は全て100人以下で、国土交通省が協議対象の目安としている千人未満に該当する。
冒頭、協議会の行司役を務める国交省中国運輸局の益田浩局長は「鉄道の廃止ありき、存続ありきという前提を置くことなく、具体的なデータに基づき議論を進める」としたが、事業者と沿線自治体の〝対決〟のゴングは既に鳴っていた。
「鉄道は設備の維持修繕で固定的な経費がかかる。収支率の観点で厳しい状況だ」。JR西日本の広岡研二広島支社長は芸備線を維持する難しさを訴え、利用人数は大型バスでも輸送可能な規模だとも言及した。
対する地元自治体側は廃線に慎重な立場。岡山県の上坊勝則副知事は「地域の公共交通を支える重要な存在だ」、広島県の玉井優子副知事は「あらゆる取り組みを展開して芸備線の可能性を最大限追求することが必要だ」と強く求めた。
ここで改めて考えたいのが、協議会が開かれた経緯だ。人口減少などで旅客収入が伸び悩む中、経営改革を急ぐJR西が設置を要請していた。
ところが新型コロナウイルス禍の影響緩和を背景に、23年4~12月期の連結決算は純利益が前年同期比25・8%増の1098億円と業績は回復。広島県の湯崎英彦知事が「1千億円単位の利益が出ている中でなぜJRで(路線を)維持できないのか」とくぎを刺すなど、路線の廃止に警戒感を抱く沿線自治体からは十分な説明を求める声が上がっている。もっともな意見だ。
24日に庄原市で講演した日本総合研究所の藻谷浩介主席研究員は、廃止されると「あの市は消滅しつつある」という印象が定着するとし、「廃線は沿線の人口減少を加速させる。赤字、黒字を基準に判断すべきではない」と強調した。損得勘定だけではなく、地域を維持するという視点で議論を深めてほしい。