3・11を迎えるたび、ふがいない気持ちになる。東日本大震災後に3度東北を訪れ、津波や原発事故を取材した。震災翌年に島根県内の中学校で講演した際は「自分に何ができるかを考えてほしい」と訴えた。だが10年を経てまだ震災をうまく自分事に落とし込めていない▼被災した福島の地域活動家・小松理(り)虔(けん)さんは「共事者」の概念を提唱する。「当事者」という言葉を使うほど「非当事者」を作り出していると感じ、大勢が「事を共にする」ゆるい関わり合いが必要と勧める▼今はそうではない大多数の人も突如、当事側に引き込まれる可能性がある。今後発生が予想される南海トラフ巨大地震は約23万人の死者・行方不明者、880万人の避難者を出し、首都直下地震で東京の機能は停止するという▼1カ月前、福島県沖を震源とする最大震度6強の地震が起きた。東京の職場で席を並べる福島の地元紙記者が「10年前と状況が似てきて胸騒ぎがする」とつぶやいた。以来、地下鉄、職場、自宅などで、大地震が起きたらどうすると考える時間が増えてきている▼震災と向き合い続けたその記者は今春、異動で地元に戻るが、つながりは消えない。ヒト、モノ、コト。共事者になれるきっかけはそこかしこにある。彼が生きる福島の未来がどうなるか見つめたい。ささやかでしかないが、そこから改めて自分なりに被災地との関わりを紡いでいく。(築)