田島道治初代宮内庁長官が昭和天皇との対話を書き残した「拝謁記」(資料)
田島道治初代宮内庁長官が昭和天皇との対話を書き残した「拝謁記」(資料)

 <たたかひの はててひまなき そのかみの 旅をししのぶこの室をみて>(戦争が終わってすぐにした旅のことがこの室を見ていると懐かしく思い出される)。昭和天皇は鳥取県三朝町の旅館「依山楼岩崎」に1947年、65年、85年に宿泊。2度目は、最初に泊まった離れ「三朝閣」を香淳皇后に見せるため予定外のコースを歩き、冒頭の歌を詠まれたという▼この逸話を感慨深く思うのは先日、『拝謁(はいえつ)記』を翻刻した龍谷大学准教授・瀬畑源さんの講演を聴いたからだ。銀行家で初代宮内庁長官の故田島道治が、49年から5年にわたる在任中、昭和天皇との詳細なやりとりを18冊のノートに記録。遺族が提供し、4年前に公開された▼占領期から独立と、国も自身の立場も大きく変わる中での昭和天皇の計り知れない苦慮や駆け引き。内容は生々しく戦争への深い反省、退位や再軍備の必要性に触れる問答もある▼連合国軍総司令部(GHQ)の指示による皇室改革を任せられた田島は、諫言(かんげん)も辞さず「象徴天皇」を形作っていったようだ。瀬畑さんが強調した「あくまで田島の記録。批判的に読む必要がある」とはいえ知られざる一端に触れるようで興味深い▼あす29日は「昭和の日」。「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」日だ。仰々しいと思っていたが拝謁記に触れ、昭和という時代に改めて圧倒された。(衣)