自民党安倍派の事務所に向かう東京地検特捜部の係官=2023年12月、東京都千代田区
自民党安倍派の事務所に向かう東京地検特捜部の係官=2023年12月、東京都千代田区

 「政治とカネ」に絡む国民の重大関心事は、この日の法廷では明らかにならなかった。

 自民党安倍派(清和政策研究会)の政治資金パーティー裏金事件で、政治資金規正法違反の罪に問われた同派会計責任者松本淳一郎被告に対する東京地裁での初公判である。

 他派閥の裏金事件も含め正式起訴された6人のうち最初の裁判だが、安倍派所属議員への裏金還流の起源や一度は還流中止を決めながら復活させた経緯など、核心部分は一切見えてこなかった。真相は依然、やぶの中だ。

 被告側が起訴内容を大筋で認めたため、関係者の証人尋問もなく、検察側立証は1日で終了した。刑事裁判の限界とはいえ、冒頭陳述からは最低限の立証にとどめたい検察の姿勢がうかがえる。

 政治への影響を懸念したのか。初公判は真相究明には程遠く、真実を知りたかった国民にとって、大いに不満が残るものだったと言わざるを得ない。

 安倍派では、所属議員がノルマを超えて販売したパーティー券収入を裏金として、議員側に還流させるなどしていた。被告の起訴内容は2018~22年の政治資金収支報告書にこうした収支計約13億5千万円を記載しなかったというものだ。

 長年続いたとされる裏金還流の起源について、派閥幹部だった有力国会議員らは国会などで「二十数年前」などと説明した。そのころの派閥会長は森喜朗元首相らだ。

 誰が、何のため始めたのか。これが焦点の一つだったが、検察側冒陳は18年分の収支報告書から会計責任者を務めた松本被告が「前任者から引き継ぎを受けた」と指摘しただけだ。

 22年4月に会長だった安倍晋三元首相の指示で還流中止を決めたが、元首相死後の同年8月に派閥幹部4人と松本被告が対応を協議し、その後、還流が復活していた。

 幹部はいずれも、復活への関与を否定。協議の内容や誰が決めたのかも、はっきりしていない。松本被告は詳細を知り得る立場にいたが、冒陳ではまったく触れられていない。

 還流を受けた議員側からは「派閥から収支報告書に記載しないよう指示された」との指摘も出ていたが、これについても冒陳は「被告が毎年、ノルマを議員側に伝達していた」などとしているだけだ。

 いずれも検察は、捜査で事実関係を把握していたはずだ。供述調書など未提出証拠が多数存在するとみられ、公益の代表者として幅広く法廷に出し、冒陳でも触れるべきだったのではないか。特に22年8月の幹部協議については、検察も重視して派閥幹部らの関与を疑って捜査したことは間違いない。結局、松本被告との共謀は認定できなかったが、幹部らの事情聴取もしている。

 幹部らは検察の捜査中は「告発を受けている」ことを理由に、捜査終結後は「(松本被告の)裁判が控えている」として多くを語らなかった。

 このまま、〓(順の川が峡の旧字体のツクリ)かむりを許すわけにはいかない。国会での証人喚問を是が非でも実現させなければならない。

 加えて、幹部らを立件できなかった検察捜査の適否についても、いずれ検察審査会が判断することになるだろう。

 この事件は簡単には終わらないし、終わらせるわけにはいかない。