椅子の基本形は古代エジプトの時代に完成していた。紀元前3000年ごろ、ツタンカーメン王の墓から出土した豪華な玉座には、肘掛けや背もたれがあり、外観や機能は現在の様式と大差ない。
畳文化だった日本における椅子の歴史は想像以上に浅い。弥生時代に丸太をくりぬいたものがあったとされるが、一般家庭への普及は戦後になってからだ。寝室とは別に椅子を置くダイニングを設けた「食寝分離」の生活様式とともに浸透した。
そんな〝椅子後進国〟でちょっとした動きが出ている。スーパーなどでレジ打ちする従業員らが、立ったままの仕事は心身の負担につながるとして国に改善を申し入れた。労働安全衛生規則は、休息のため椅子の設置を事業者に義務付けているが、接客業は「店の印象が悪くなる」との理由で定着していない。
そもそも店員が立っているから買い物をしようと考える人はいない。合理性より自己犠牲を求める風潮はいかにも日本らしいが、誰かの犠牲の上に成り立つサービスはサービスとは言えない。必要ならば立てばいいし、なければ座ればいい。
レジ専用椅子を導入したスーパーでは、多くの客が好意的に受け止めているという。疲れた表情で対応されるより、座ったままでも笑顔であいさつしてくれる方が客としてはよっぽどありがたい。当たり前だった商慣習を改め、働き方の「普通」を模索するときだろう。(玉)