書痙(しょけい)に早気(はやけ)は現在、本紙連載中の戦国時代小説『筆と槍(やり)』で重要な語句になっている。今でいう官僚の主人公は筆を持つと指が震え、字が書けず仕事にならない。書痙の症状だと知る。解決策を求め出合った単語が早気。弓を引いた後、静止できずに矢を放ってしまう▼心の問題と捉えられ現代ならイップスに当たる。悪送球を繰り返す野球の内野手や、手がしびれてパットができないゴルファーが典型例に挙がり、プロが引退する要因にもなる▼言葉を知り、昔の人も苦しんだと知れば安心する。半面、言葉を盾に泣き言も生じやすい。プロ野球で三冠王を3度獲得し、監督で中日を常勝軍団に育てた落合博満さん(70)は、自著で「『イップスだから仕方ない』と考えてしまうようでは、話は進まない」と戒める。選手生活は決して長くなく、それもうなずける▼書痙は周りに「ああ書け、こう書け」と口やかましく言われてかかる場合もあるし、早気は戦場での恐怖が原因ということもあったそうだ。捕りやすくないと一塁手が怒るので、怖くて送球できなくなったという選手の話も聞く▼筆と槍の主人公はただ今、文字ではなく丸や縦横の線を書いて克服中である。その前は筆を持たず空に文字を書き、うまいか下手かの成否がないので指が震えなければ良しとした。気の遠くなる話。人は弱いものである。つい周りのせいにしそうなのは甘えか人情か。(板)