松江市出身の落語家・立川幸之進(たてかわ・こうのしん)は、2004年の入門当初に体験した二つの出来事を心に刻む。師匠の立川談幸(だんこう)の逆鱗(げきりん)に触れたことと、ほろ苦デビューとなった初高座だ。25、26歳のころだった。

筋を通さなきゃ駄目だ

 談幸の雷は既に初高座を終え、落語会の裏方や師匠の身の回りの世話など前座の仕事が忙しくなり始めた時期に落ちた。

 入門後、談幸は月に1度のペースで演じて話を教えてくれて、幸之進は一生懸命、覚えるのだが、5番目に習った演目「子ほめ」は2カ月以上、ほったらかしにしてしまった。

 ある日、談幸に突然、呼び出され子ほめをやれと命じられて困った。まだ覚えていないと伝えると、「もう来なくていい」と言われ打ち切られた。

 それから一晩かけて慌てて子ほめを覚え、翌日談幸に伝えると、その日にある落語会に来いと言う。幸之進が勘違いして高座で客に見せたのが「子ほめ」だった。終わると談幸の怒声が響いた。

 「てめえまだ上げてねえじゃねえか」

 上げていないとは、稽古で合格していないという意味。破門も覚悟したが、後で談幸に「筋を通さなきゃ駄目だ」と諭された。落語界では前座の地位が低く粗末に扱われることはあっても、談幸は理不尽な振る舞いをする人ではない。あらわにした激しい怒りが染み入り、業界のおきてを心に止めた。

 この一件から少し前にあった初高座も思い出深い。東京都内のすし店2階が会場で、入門して最初に習った「小町」を演じた。

 当日になって「上がれるか」と問われ、急に訪れた初高座。頭の中が真っ白になり、人生で最も緊張したという。

真打ち昇進へ向け「常に変化し続けたい」と意気込む立川幸之進=7月10日、東京都新宿区、cafe COMADO

 とにかくしゃべろう。覚えたことを全部しゃべろう…。テンポが速いとされる談幸でも12分ほどかかる演目が7、8分で終わってしまった。客から「早口すぎる」と指摘された。...