2025年の年賀状
2025年の年賀状

 “年賀状じまい”を始めたものの、遠方で暮らす数人の友人とはやりとりを続けている。ここ数年、違和感を覚えるようになったのが、都市部から来るはがきに添えられた「名古屋に遊びに来てね」「博多方面に来たら声をかけて」という一言。今年もあった。

 他意がないのは分かっていても、地方に住む人が都市部へ出張ることが「当然」と言われているような気がしてきたのだ。地方の人やモノが吸い込まれるストロー現象の影響を、より感じるようになったからか。福井の友人の賀状にはそのような言葉はなく、同じ日本海側に住む者として親近感を覚える。

 都市部が「上流」という特権意識は、政治経済、多くの機能や人口が集積している物理的な状態もさることながら、付随する言葉にもあるのではないか。

 お上りさんは都会に出てきた田舎者を指す蔑称。鉄道や道路は、終点から起点方面を「上り」、反対を「下り」と呼ぶ。都市部が起点のケースが圧倒的に多く、都会が上る先、目指す方向という意識がすり込まれてきたように思う。確かに都会地へ出向けば、見るものも楽しく交通の利便性もいい。地方の友人を誘う気持ちは分かる。

 でも、今だからこそ、人口減で将来見られなくなるかもしれない地方の偽りのない景色を見てもらいたい。これも地方創生の一つの対策。友人への今年の年賀状には「島根にも来てね、待ってます」と書いた。(衣)