日本勢の活躍で盛り上がる東京五輪も、残り3日。もう遠い昔のようだが、開会式で最終点火者を務めたテニスの大坂なおみ選手に聖火をつないだのは、東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の小中学生6人だった▼大会の理念として招致活動で掲げた「復興五輪」は「コロナ克服」「多様性と調和」に取って代わられ、色あせてしまった。ただ、子どもたちの走りは被災地の復興を世界にアピールする貴重な機会になった▼前回1964年東京五輪の最終点火者は、高校時代に国体陸上400メートルで優勝し、当時大学1年だった坂井義則さん。代表選考に漏れたものの、広島に人類初の原爆が投下された45年8月6日に広島県三次市で生まれたことで、戦後復興と平和の象徴として白羽の矢が立った。競技場に入った際の大歓声、秒刻みの進行スケジュールを守る緊張感…。「人生で最高の3分間だった」という▼その後、テレビ局に就職し、五輪も取材した。72年ミュンヘン大会でイスラエル選手団襲撃事件、96年アトランタ大会では爆破テロ事件が発生。平和の象徴がその尊さを痛感した▼2度目の東京開催が決まった翌年の2014年9月、坂井さんは69歳で亡くなった。コロナに翻弄(ほんろう)され、開会式を含め、大半が無観客で開催されている平和の祭典を天上からどう見ているだろう。きょうは坂井さんの誕生日、76年目の広島原爆の日でもある。(健)